No.8

ジュヴナイル|魔人学園剣風帖

失速ラブチェイス
▽内容:京一のことが好きすぎてネジがとんでる系主人公のドタバタラブコメディの4作目。 
                                                           




「おはよう、京一。今日も可愛いな♪」
 ありったけの愛をこめて龍麻が囁くが、当然の如くそれは京一の逆鱗に触れる。龍麻もそれをわかってやっているから始末に終えない。
「もうお前死ね」
 京一は非常にナチュラルな動作で、毎朝龍麻が来るようになってから用心のためにベッドの中にしまってあった木刀を龍麻に叩きつけた。が、龍麻もあっさりとそれを受け止める。
「ハッハッハ、相変わらず過激な愛情表現だな、ハニー」
「………」
 いちいち京一の気に障ることしか言えないらしいこの黄龍は、しかしこれでもそれなりに悩んでの結果なのだ。まともにいっても相手をしてもらえないので、こうやって怒らせるしか構ってもらう手段がないのである。それはそれで不憫ではあった。
「……あー。もういい」
 しかし、その日の京一はいつもと少しばかり様子が違ったようだ。いつもならそこでさらにつっかかってくるのだが……一つ溜息をつくと、あっさりと木刀をひいてしまう。
「京一?」
 何事かと、思わず顔色を伺ってしまう龍麻。
「あ? なに変な顔してんだよ。ほら、先行って飯食ってろ」
 追い払う仕草で言われて、いつもなら
「京一のストリップ見なくちゃ俺の朝は始まらないし」
 などと言ってさらなる怒りを買おうとする龍麻だが、様子の違う京一に戸惑ったせいかうっかり大人しく従ってしまった。
「……ひょっとして……マジで怒らせたか……!?」
 今までのが本気でなかったかといったら、もちろんそうでないはずもないが。その辺りは現在の龍麻の頭から抜け落ちてるようだった。

 その日の蓬莱寺家の朝食は、それはそれは和やかなものだった。普段なら、絶対在りえないことに。
「龍麻くん……京一どうしちゃったのかしら。今日は怒ってないわねぇ?」
「新しい技を開発したのか?」
 こそこそと隙を見ては囁き合う京一の両親と龍麻。父親の言う技とは、京一を起こす技という意味である。彼に他意はない。
「違います。……昨日頭打ったとかなかったですか?」
「なかったと思うけど……」
「拾い食いでもしたか」
 実の親にこの言われよう。そして、母親も龍麻も思わずそれで納得してしまった。
「なるほど」
「ありえるわね」
 だが流石に鈍い京一でも三人の怪しげな行動に気づいたらしく、ギロリと睨まれる。
「なにコソコソしてんだよッ」
 箸を止めてこちらを睨むその姿に、何故か安心する三人。
「やっぱり大丈夫みたいですね」
「たんに機嫌がよかったのかしら」
「さやかちゃんのCDの発売日とかかもしれんな」
 京一バカ三人。
「聞こえてんだよッ」
 言って、茶碗から最後の一口をかきこむと、乱暴に食器を置いて立ち上がる。
「おら。行くぜ、ひーちゃん」
「あ、ああ……」
 龍麻も慌てて最後に残されたみそ汁を飲み干すと、京一の後を追った。
「おじさん、おばさん、ごちそうさまでした」
 頭を下げることも忘れない。しかしその理由は「俺の未来の義父さんと義母さんだし」である。彼は蓬莱寺家に婿入りすることを本気で未来の予定として組み込んでいるらしい。
「いってらっしゃい、龍麻くん」
「あの馬鹿をよろしくな」
「任せて下さい」
 よろしくなくてもよろしくさせていただきます! 龍麻は心の中で意気揚々とガッツポーズをとり、今度こそ蓬莱寺家を後した。
 


「おっはよー、龍麻くん、京一~」
「おーっす」
「よーっす、お二人さん。相変わらずお熱いね~」
「どこのオヤジだお前……」
「蓬莱寺、夕べはよく眠れたか~?」
「……鈴木、死にたいか」
「旦那も手加減してやれよ」
「ハッハッハッハッハ」
 いつも通りの通学路。出会う人々の殆どに声をかけられることは慣れっこで、京一はいつも通りなげやりにそれに対応し、龍麻はいつも通りにこやかに対応していたが、そうしながらも龍麻は内心ドッキドキだった。
 やはり、京一の様子がいつもと違う気がする。二人を恋人扱いしてくる人々への対応が、柔らかいのだ。いや、確かに嫌そうなのだが、怒鳴ったりはしていない。
「……やはりこれは。嵐の前の静けさ……!?」
 今度こそ京一に愛想を尽かされたかと、にこやかな対応とは裏腹に内心はブリザードハリケーンなのであった。
「裏密~っっっ」
 そして朝っぱらから、悩める少年少女達を救う真神の母、魔界の愛の伝道師、恋のお助け119番、真神学園オカルト研究会部長裏密ミサの下に、早速泣きつきにいく情けない黄龍一名。
「う~ふ~ふ~。ていうかひーちゃん~。今まで嫌われてないと思ってたの~?」
「グサッ」
 怪しげな雰囲気の霊研には、現在この二人の他に遠野杏子もいる。つまり、現在霊研には《緋勇龍麻と蓬莱寺京一をくっつける会》の会長と副会長が揃っているわけである。
「ちょっとしっかりしてよ龍麻くん。早いとこもっとラブラブになってくれなくちゃ、こっちも商売あがったりよ」
 二人の写真で商売しようと企んでいる遠野杏子はシビアだった。
「そうしたいのは山々なんだけどさ」
 それはもう、心の底から。喉から手が出るほどである。
「で、一体どんな問題が起こったわけ?」
 全校公認になったと言っても、実のところ周りの人々は冗談で囃し立てているだけで、京一本人がかなり本気で嫌がっていることを知っている。……だからこそ皆面白がっているわけだが。故に、アン子からすればこれ以上問題を起こそうと思っても起こらない―――ぶっちゃけた話、これ以上龍麻が嫌われたからと言って現状はたいして変わらないのだ。
「……そうなんだ。聞いてくれ二人とも。一大事だ」
 真剣な表情で拳を握った龍麻に、裏密とアン子が思わず身を乗り出す。
 しかし……
「京一が、怒らないんだ!!」

 しーん。

 霊研部室に満ちる、奇妙な沈黙。
「…………」
「…………」
 その後、裏密とアン子の目がスッと半眼に細められる。
「ひーちゃん~って~」
「………馬鹿?」

 その通りだった。

「何を言う! 今まで俺が愛を囁けば百%キレて最悪天地無双、良くても陽炎・細雪は免れなかった! しかし今日は木刀こそ出たものの、まだ一度も技が炸裂していない! 一大事なんだ」
 龍麻の顔は真剣その物であるが故に、妙である。裏密とアン子は顔を見合わせて呆れ果てた顔をした。
「龍麻くんってさ……」
「マゾなのかしら~?」
 そうなのかもしれない。
「わざと京一の神経逆なでしてるもんね」
「普通に接すれば~京一くーんも怒らないのにね~?」
 馬鹿そのものだった。
「どんな事件かと思いきや……。じゃ、あたし帰るね、ミサちゃん。後よろしく~」
「うふふふふ~。いーわよ~。魔界の愛の水先案内人ミサちゃんにお~ま~か~せ~♪」
 水先案内人では駄目なんじゃあ……。などということをツッコめる人間はここにはいない。当の黄龍の器すら、『ミサちゃんは頼もしいな』等と言っているのだから。
「龍麻くんも、しっかりしてよね!」
 そして、そんな情けない黄龍の器の背中をバンと叩いて霊研部室を出るアン子。廊下に出てから溜息と共に吐かれた
「早くヤっちゃえばいいのに。案外奥手なのね、龍麻くんて……」
 などという呟きは、幸いなことに誰にも聞かれなかったようである。
 一方、霊研部室内―――。
「うふふふふ~大丈夫よひーちゃん~。ミサちゃんの水晶によると~京一くんは怒ってないわ~。どっちかというと~諦めたみたい~」
「そ、そうか! ならよかった~」
 心底ホッとする情けない黄龍。
「でも~ここで調子に乗ると元の木阿弥よ~。しばらくは大人しく~前みたいなお友達の態度をとった方がいいみたい~~」
「なるほど。前みたいな、か」
 そう、告白する前までは京一は龍麻に攻撃を加えてきたりなど決してしなかった。遊ぶにしても誘ってきたのはいつも京一からだったし、寄ってくるのも京一からだった。現在では逆転しているどころか、迂闊に近寄らせてももらえない。龍麻はふと以前の平和な日々を思いだして自分の世界に浸りはじめる。
「あの頃はよかった……。そりゃ色々ため込んでたから辛かったけど、なにより京一がいっつも笑ってくれてたもんなぁ。俺、最近じゃ京一の怒った顔しか見せてもらってない気がするよ……。俺のせいだし、怒った顔もそりゃものすっっごく可愛いけどさ。前は怪我すれば心配して家まで来てくれたし、肩も貸してくれたし、手当もしてくれたし、泊まってってくれたし……。―――ってなんだよ、前のがめちゃくちゃラブっぽいぞ!?」
 しかしそれをぶち壊したのは自分自身なので何の文句も言えない。
「くれぐれも~迂闊に『愛してるぜ京一ッ!』なんて言って~襲いかかったりしちゃ駄目よ~。いま我慢すれば~未来は明るいってミサちゃんの占いには出てるから~~」
 龍麻は涙ぐみながら裏密の手を握ってうなずいた。
「ああ、頑張るぜ俺。栄光のあの日を取り戻し、さらにはスペシャルラブラブハッピーライフを手にするために……!」
 
 それから数日後
 龍麻の『取り戻せ友情! ~あの日の見た夕焼けのように~大作戦』が実行に移された。
 果たして彼の目論見は成功するのだろうか。今は誰も知らない。


畳む

#主京 #ラブチェイス

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