No.7

ジュヴナイル|魔人学園剣風帖

疾走ラブチェイス
▽内容:京一のことが好きすぎてネジがとんでる系主人公のドタバタラブコメディの3作目。
                                                               





 やれやれ。ひどいよな、京一。こんなに愛情注いでるのに通じないなんて。俺ってばこんなに男も惚れそうなナイスガイなのにさ。前はけっこうベタベタさせてくれてたのに、今じゃ警戒しまくって、すぐに木刀出すし。ゴキブリかなにかのように毛嫌いしなくったっていいのになぁ? 俺のガラスのハートはもうボロボロだよ。
 全校生徒も味方に引きいれて、大分俺が有利になったものの、まだまだ安心はできない。なにより京一が俺のこと嫌ってるから、話にならないんだ。告白する前は、絶対俺のことけっこう好きだと思ってたんだけどなー。今や既に害虫扱いだぞ、害虫扱い! いくら俺が男を好きになったからといって、なにもそこまで態度変わらなくてもいいだろうに。
 心狭いよな、京一。水一杯でガタガタ言うし。人としてよくないよ絶対。偏見反対。
 ―――なんて喚いても、京一が俺のことを好きになるなんてことはないわけで。失敗したかと後悔しても後の祭り。言ってしまったものは仕方が無い。こうなったら、開き直ってとことん突き進むしかない。それはもう、手段なんて選ばずに。
 何しろ男同士ってだけでもハンデは大きいというのに、俺が惚れた相手ときたら、男らしすぎるくらい男らしい男。友情に篤いのはいいけど、その範疇が広すぎるというのも結構問題あり。なんでって、人より友情の幅が広い分、友情を超えるには人並以上に《好き》になってもらわなければならないからだ。なんて厄介なヤツだ、蓬莱寺京一。
 それもこれも、惚れた今となっては反骨精神を煽られるだけだったりもするのだが。きっと、こんなこと言えばまた、木刀で殴られるんだろう。最近は、それすら嬉しいのだから、俺ってお手軽だ。今の状況が、酷すぎる、というのも理由のひとつだけれども。
 ピンポ~ン。
 こじんまりした一軒家の呼び鈴を鳴らす。表札はもちろん《蓬莱寺》だ。時刻は朝の七時半。学校に行くには早すぎる時刻。俺の家の方が学校には近いから遠回りもいいところだけど、互いに歩いていける距離だから問題はない。時間も早いし。こんな朝っぱらから迷惑千万だとは思ったが、俺にだって色々と辛い事情があるのだ。
 ほどなく京一のお母さんが出てくる。小柄だけど元気で、声も大きい、さすが京一のお母さんって人だ。小蒔と遠野を足して二で割って、ちょっとばかりたか子先生の肝っ玉据わったところをブレンドした感じか。俺はこのおばさんが大好きだ。そして、どうやらおばさんも俺を気に入ってくれてるみたいだ。行くと大抵は歓迎される。
「あら、龍麻くんじゃない。どうしたのこんな朝早く」
「すいません。京一が遅刻しないように連れてきてくれって、先生に言われたもので」
 恐縮して謝ってから、俺は嘘八百を並べ立てる。今どき小学生じゃあるまいし、そんなこと頼まれるはずもないけど。ごめんね、京一のお母さん。
「あら~悪いわね~。まったくあのバカったら人様に迷惑かけてばっかりで」
 実は今は俺の方が京一に迷惑かけてるんですけどね。もちろん、そんなことおばさんに言わないけど。
「いえ、迷惑だなんて思ってませんよ」
 にっこり笑っていうと、京一のお母さんは嬉しそうに笑った。
「ありがとう、龍麻くん。本当にいい友達を持ったわね~。あのバカは」
 京一のことをバカバカ言うあたり、すごく小蒔や遠野に似ていると思う。もちろん、本当にバカだと思ってる言い方じゃない。もっと愛情のこもった「しょうがないわねぇ」的な《バカ》だ。
「あ、ごめんなさい玄関先で。あがってあがって。あのバカまだ寝てるのよ」
 招かれるまま、遠慮なくお邪魔させてもらうことにする。そうか、京一はまだ寝てるのか。よしよし。
「龍麻くん朝ご飯食べてきた? まだだったら食べてって。今バカを起こしてくるから」
 おばさんは妙にウキウキしているみたいで、俺を引っ張るようにダイニングに連れていく。そこではおじさんが朝食を取っていた。
「お、緋勇くんじゃないか」
「おはようございます。こんな朝早くに伺って申し訳ありません」
 外面全開で丁寧にお辞儀をして挨拶をすると、おじさんは豪快に笑って俺の肩を叩く。
「はははは、若いのに細かいこと気にするな! ま、座って食べろ!」
 イタタ、痛いっすよ、おじさん!相変わらず、明るい家族だ。
 さておき。今日の俺は気合充分、エネルギー満タン。珍しく朝ごはんを食べてきていたので、丁重にお断りする。
「いえ、食べてきましたから」
「そうか? おい、じゃあ早くバカを起こしてこい」
 すると、おじさんは残念そうにしてから、おばさんに向かって言った。
 ……おじさんまで京一をバカ扱い……いや、実際バカだけど。あんまりバカバカ言うからあいつバカなんじゃ……。なんてことを思う。
「そうね。ちょっと待っててね、龍麻くん」
 あー、ちょっと待った!
 いそいそとダイニングを去りかけるおばさんを俺は止めた。
「いいですよ、俺が起こしてきます。どうぞ、食べていてください」
「え? でも悪いわー。あいつ寝起き悪いし」
「ちょっと驚かせたいんです」
 もう一度、俺は邪気のないにっこり笑顔を浮かべてみる。
 すると、おばさんはすんなり
「そお? じゃ、お願いするわ! 思いっきり遊んでやってね」
 と、楽しそうに代わってくれた。
 ―――この一家はいたずら好きらしい。さすが京一の家族というかなんと言うか。俺と非常に気が合いそうだ。俺、ここになら婿入りしたいな。おじさんに言ってみるか。『息子さんを僕にください』って。駄目だろうか。この一家ノリならば、あっさり笑って許してくれそうな気もするけど。学校の時のように、京一に内緒でやってみるかな、今度。京一に知られたら、また半殺しにされるだろうが。しかし、京一が嫌がるって知ったら余計にノリ気になって協力してくれそうだけどな、おばさんとおじさん。ほんと、愛されてるよ。よかったな、京一。「そんな歪んだ愛情欲しくねー!」と嘆く京一の姿が目に見えるようだ。
 さておき。
 俺はダイニングを出、階段を上って京一の部屋を目指す。二階には三部屋あって、一番奥が京一の部屋だ。六畳の洋室。
 ドアを開けるとまず目に入るのは舞園さやかの特大ポスター。京一が大のファンだという今人気のアイドルだ。確かに可愛いかもしれないが、俺の目には京一の方が何倍も可愛く映る。多分、俺の目が腐ってるんだろうが、問題はないのでいいだろう。可愛いものは可愛いのだから。
 部屋には、ほかにも何枚か舞園さやかや他のアイドルのポスターやらグラビアやらが張られている。壁を埋め尽くすほどではないが。
 ……にしても、相変わらず汚ねー部屋……。
 部屋の奥にベッド。物置場と化している机。椅子の上には適当に投げたらしい制服。埃をかぶりまくっているコンポに小さいテレビ。床にはゲームやら雑誌やら食いかけの菓子やら空き缶やらが散乱していた。それらを踏まないように注意しながら、足音と気配を殺しそろそろと奥に向かう。
 京一はベッドに大の字になって寝転がっていた。暑かったのか、布団は蹴られて床に落ちかかっている。
 豪快な寝相だ。パジャマがわりのTシャツがめくれて腹が見えている。この野郎、幸せそうに寝やがって。襲うぞ、コラ。あまりにも気持ちよさそうに寝ている京一に腹がたつ。まったく、人の気も知らないで。
 せっかくの機会だし。少し遊ばせてもらうか。何しろ、最近は近づくのすら困難。前はしょっちゅうベタベタしてきたくせに、あれからというもの、毛嫌いされて半径三メートル以内に近寄るのすら苦労するからな。全然触っていない。―――こう言うと、何だか変態みたいだが。毛虫やゴキブリのように嫌われていれば、煮詰まってくるのも仕方ない。  
 そこまで考えたところで、余計に自分を追い詰めそうだったから、不埒な遊びはやめることにする。なんて善人なんだ俺。
 しかし。朝、恋人を起こすと言えばやはり、甘~いキスか甘~い囁きだろう。ここは定番を踏んでおかねばなるまい。俺はベッドの横に移動すると、かがみこんで京一の耳元へ顔を近づけた。
「起きろよ、京一。朝だぞ」
 ……一応耳元で囁くものの、反応なし。うざったそうに反対を向かれてしまった。……ムカツク。
 ちょっと傷ついたので耳をひっぱることにする。すると、「うー…」となにやらうめいていた京一から容赦なき肘鉄が。すんでのところでそれを避けた俺だが、今のはヤバかった。……寝てる時でもお前は乱暴だな……。泣くぞ。
 肘鉄の勢いでそのまま寝返りをうった京一はまた、仰向けの状態で健やかに寝ている。相変わらず幸せそうな寝顔が憎々しい。
 コノヤロウ。そうくるならこっちも遠慮はしないぜ。フフフフフ……。
 復讐に心を燃やして再度顔を寄せ……今度は耳をなめてやった。次はマジにキスしてやる。ついでに舌まで入れてやる、覚悟しとけコンチクショウ。とか思いながら。
 が、残念ながら次はなかった。
「うひゃあ!」
 と、すっ頓狂な声をあげて京一が飛び起きてしまったからである。
 ……チッ、これから本格的に復讐しようと思ってたのに。
 舌打ちした俺と、何事かと部屋を見まわしていた京一の目が合った。俺は『目覚めのキス』を仕方なく諦めて、わざと微笑みながら言う。
「おはよう、京一」
 逆鱗に触れるのがわかっていてやる俺も、いい加減ヤキが回っている。 案の定、京一は朝っぱらから額に青筋浮かべて叫んだ。
「なんでてめーがここにいるー!!」
 ……やれやれ。朝から血圧高いな。そのうち血管ブチ切れるぞ。健康によくないぜ。
「なんでって……愛の力」
 流石に寝起きで木刀は持ってなかったが、代わりに拳が飛んできた。ははは、剣士が拳でかかってきたところで、真実拳士である俺に適うわけもない。俺は顔をそらして京一の攻撃を避け、ついでに腕を掴んで止めてみた。
「離せッ」
 ブンブンと腕を振って俺の手をはがそうとする京一。起き抜けにこれだけ動けるなら、目は覚めたってことだろう。腕をがっちり掴んだまま、のんびりと判断を下す。言い換えるなら、腕をしっかり掴んでないと、まともに考えもできなければ、話すこともできないということだ。まったく困ったやつだよ、お前は。
「まぁ落ち着け。お前……俺が迎えにでも来なきゃ、休むつもりだっただろ?」
「……ッ」
 ふざけたことを言うのはやめて真顔で言えば、見るからに図星って顔。
 俺が宣戦布告した次の日に休んだくらいだ。昨日は昨日でまた一騒ぎあったから、また休むんじゃないかという俺の予感はまさに的中してたって訳だ。
「休むのはいいけどな。そうしたら俺、今度は何するかわかったもんじゃないぞ?」
 ニヤリと笑ってみせると、京一は言葉につまってただ俺を睨み返してくる。特に何かする予定があった訳ではなかったが、そう毎度休まれては京一のただでさえヤバイ出席日数が心配だし、何より俺がつまらない。変なところで頑固な京一を動かすには、やはり適度な脅しと適度な挑発。そして、通じるかどうかは置いといて、適度な優しさが必要だ。
「これ以上どーするってんだよ」
「お前の親父さんに『息子さんを僕にください』って言ってやる」
 ザーッと、面白いほど一気に京一の顔が青くなる。まさしく百面相って感じだ。全校生徒を味方につけ、マリア先生も味方につけた俺だ。しかもめでたく全校公認カップルになったことだし、あと残すところは親公認だけだろう。
「~~ッわかったよ、行けばいーんだろ!!」
 よっぽど昨日のマリア先生の件が効いているのだろうか。今度ばかりは京一も俺の本気を侮ることはしなかった。しばらく悔しげに唸った後、自棄になったように強く言い放つ。ついでに、語調よりも強く掴んだ腕を振り払われたが。とりあえず、目的は果たしたので俺もそこはアッサリと腕を解いた。
「……………」
 それから京一は、ふてくされた顔で渋々ながらも椅子にかけてあった制服をとり、着替え始める。ハンガーにも掛かってなかったせいで、皺になっているが、京一は全く気にしてないようだ。しかし、先に着替えていいものなのか。俺は洗顔とかを済ませてから着替えるがな。水跳ねるならともかく、石鹸つくと厄介だから。あー、でも京一はインナーがTシャツだしな。あんまり問題ないのかもしれない。
「……………」
「……………」
 などと考えてぼけっとしていた俺に、京一の声がかけられる。刺々しい視線と共に。
「おい……」
「なに?」
 着替えようとしてパジャマがわりらしいTシャツの裾に手をかけたところで動きを止めた京一にジロリと睨まれて、俺は素直に返した。
 ―――途端、またもや拳が飛んでくる。
「なに? じゃねーだろ! さっさと出てけッ」
 なんだ。見てたのが悪かったのか。
「別にいーだろ、男同士なんだし。減るもんじゃないんだからさ」
 だが、京一はさっぱり俺の言葉になんて耳も貸さない。攻撃を避けていくうちに出口へと追い詰められ、最後は蹴り出されてしまった。
「いっぺん脳みそ洗ってこい!!」
 そして、勢いよくドアが俺の目の前で閉まる。
 ―――本当に、つれないぜ……。
 上半身裸くらい、体育の時にどうせいつも見てるんだから、今更だろうに。まったく初いヤツめ。しかしこれは、意識されていると取っていいのだろうか。むしろ、毛嫌い度が増したとも言うが。どこまで行くんだろうな、俺の京一嫌われ度。見事すぎる急降下。親友とか相棒とかいう言葉はどこへ消えたんだ。一度仲間と認めたら、とことん友情貫くタイプだと思ったんだかな……。ここまで嫌われるとは思わなかった。とんでもなく計算外だ。その代わり、予想以上・必要以上に周りは応援してくれているが。……それも現在は逆効果っぽいし。
「はぁ……」
 俺は小さく溜息をつくと、仕方なく階下に下りていった。





 階段から降りてくると、ダイニングでは、おじさんとおばさんが朝食をとっているところ。促されてダイニングのテーブルにつかせてもらえば、おばさんが上機嫌で、淹れたてのコーヒーを出してくれる。
「龍麻くんすごいわねー。あのバカ、いつもは全然起こしても起きないのよ」
 上機嫌の理由は、それらしい。まぁ、京一は授業中も全然起きないし。先生に指されても眠りつづけるなんてしょっちゅうだし。家なら尚更なんだろう。
「どんな起こし方をしたのか教われよ。そうすりゃこれから楽だろう」
 おじさんが笑っておばさんに言うが、ちょっと教えられない起こし方かもしれないので、俺は笑って誤魔化しておいた。少なくとも、本人の親御さんには教えられまい。しかし、叫び声とか聞こえた筈なのに、その辺はツッコまれなかった。普段は一体どんな起こし方をしているのか、気になるところだ。
「あらー、違うわよ。これから龍麻くんに毎朝起こしにきてもらえばいーのよ」
 俺が適当に誤魔化そうとしていると、おばさんが呑気に、そして楽しそうに言う。思わず、速攻で頷きそうになってしまった。い、いいのだろうか。それが本当なら、喜んで毎日でも来ますよ、俺は。遠慮も何もなく、通い詰めますよ。いいんですか!?
「バカ、迷惑だろうが。龍麻くん、遠回りなんだろ?」
 嗜めるように、おばさんにおじさんが言うが、そんな気遣いは無用というものだ。京一の寝顔を見るためなら、たとえ火の中水の中!!
「いえ、俺の方は構いませんよ。こちらさえご迷惑でなければ、ぜひ毎日でも」
 バリバリ外面モードの笑顔で、あくまでも爽やか好青年風に決める。この好機を逃してはならない。笑顔など、いくらでも大安売りしようというものだ。
「そうか? そうだな。龍麻くんが来てくれると助かるなー」
 おじさんの心は大分揺れ動いている。しかしまだ、俺に対する遠慮があるようだ。
「あ、ねぇ龍麻くんは一人暮らしでしょ? 朝ご飯ちゃんと毎日食べてないんじゃない?」
 あと一押し! と思ったところで、おばさんが京一を起こしにくる話から、突然に話題を変える。くそ、あと一息だというのに。やはり迷惑なのだろうか。しかし、残念そうな顔を見せるわけにもいかず、忍耐で外面を維持した。
「そうですね、ときどきサボります」
 ときどきサボるどころか、時々しかしない、というのが真実だが。まぁ、男子高校生の一人暮らしなんて、そんなもんだろう。なるべく自炊しようと思っても、眠かったりだるかったりすれば、ついコンビニに頼ってしまう。京一がよく遊びに来ていた時は、甲斐甲斐しく作ったりもしていたが、一人ではそんな気も起きない。
 躊躇いがちに、控えめな表現で言ったものの、不健康な生活を怒られるだろうかと危惧していた俺だったが、おばさんは逆に嬉しそうに手を打った。いいことを思いついたとばかり。
「じゃあ、朝ご飯はウチで食べていかない? あのバカを起こしてもらうお礼がわりに。ね?」
 なにぃっ―――!? 
 い、いいのかそんな至れり尽くせりで……。毎朝京一の寝顔が見れる上に朝食付きとは……。
「いいんですか? そんな……」
「いいの、いいの。おばさんも毎朝龍麻くんに会えて嬉しいし。もうあのバカ起こすのに苦労しないし、龍麻くんは健康的になるしで一石二鳥じゃない!」
 いい人だ。まるで俺と京一の愛のキューピッドだな。親だけど。やっぱり俺、婿入りしよう。おばさんは相当俺を気に入ってくれてるみたいだから、それも夢ではないかもしれない。目指せ蓬莱寺龍麻!
 ―――なんて、さすがにそれは無理だろうけど。
 しかし、おばさんはご機嫌だし、おじさんも俺が迷惑じゃないならと、よろしくされたし。これはもう、親公認と言っても過言ではないだろう。ありがとう、お義父さん、お義母さん! 
 ―――と、話が全て決まった頃。制服に着替えて、洗顔等の身支度も終えたらしい京一がダイニングにやってきた。あからさまに不機嫌な顔をして。こんな時でも木刀を持っているあたりは流石だ。
「めし」
 席につくなりボソリと呟く。おばさんが『偉そうに!』とぼやきながらも茶碗にご飯をよそって京一に渡した。
 隣に座っている俺のことは完璧に無視。
 あーそう。へーぇ、そう。いーですよもう。わかってるよちくしょう。そんな態度をとっていられるのも今のうちだけだからな。なにしろもう、俺は京一の両親から絶大な支持を得ているわけだし。毎朝起こしに来てってお願いされちゃったしな!
 そのことを教えてやろうと俺が口を開く前に、おばさんがにっこり笑って今しがた決まったことを告げた。……この件に関しては、ひょっとすると俺よりもおばさんの方が乗り気のようである。
「京一、龍麻くんに感謝しなさいよ? これから毎日寝起きの悪いアンタを龍麻くんが起こしに来てくれるっていうんだから」
「はぁ?!」
「そうだ。いい友達を持ったな。お前にはもったいないぞ」
「おいちょっと待てよ。どういうことだよ、それ!」
 目をむいている京一なんて気にも留めないおじさんとおばさん。良かったわねー。なんて言い合っている二人に何を言っても無駄だと悟ったのか、矛先がこっちに向いてきた。
「ひーちゃん……てめェ、何しやがった……ッ!」
 失敬な。俺は何もしてないぞ。今回ばかりは誤解だ。昨日を始めとする学校での数々は俺自ら色々と工作したことは認めるが、今回は違う。なにしろ頼まれただけなのだから。が、俺が反論する必要もなく、おばさんの鉄拳が京一に制裁を加えた。
「私が頼んだのよ! 今日あっさりアンタが起きたから、その腕を見込んでねッ」
 その素早さはさすが京一の母親だけあって、かなりのもの。そして威力。タイミングもバッチリで、俺はおばさんと結構気の合うパートナーになれるかもしれないと思った。やはり、お義母さんと呼べる人は貴方だけだ。
「お前はそれでも人の親か?! テメェの子供がどうなってもいいってゆーのかよッ」
 よっぽど鉄拳制裁が痛かったのか、涙目になった京一がおばさんへ向かって叫ぶ。俺への攻撃はとりあえず矛先を変えたらしいが……。
 おい、京一。そんなこと言ったって、事情知らない人間にはさっぱりわからないぞ。それともいいのか? 事情説明しても。それはもう、あることないこと説明しても。
「なにわかんないこと言ってるのッ!」
 案の定、事情を知らないおばさんは聞く耳もたない。しかも俺のこと気に入ってくれてるしな。実のところは、恐らく京一の言い分が正しいんだろうけど。ここはスッパリ無視しておこう。別に一から説明してもいいのだが―――余計に京一が激怒する結果になりそうなのでやめておいた。
「どーなってんだよ、一体!」
 もう一度鉄拳をくらって、頭を抱えながら京一が嘆く。いや、どうなってるって言われてもなぁ。今回ばかりは俺としても意外というかなんというか。かなり戸惑ってもいるんだがな。しかし、こうも京一から非難がましく、恨みがましい視線で睨まれると意地悪したくなるというもので。ついつい、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべて、からかうように耳元で
「これで親公認だな♪」
 などと囁いてしまうのだった。そして当然のように京一から拳が飛んでくるが、予想できた動きなんて止めるのはたやすい。真っ赤になって怒る姿がまた可愛かったので、さらに追い討ちをかけてしまう。
「ハハハハハ、照れるなよ、京一」
 だから嫌われるんだ、俺。
「ふざけんなッ!!」
 まぁ、どれだけ嫌われようとも逃がすつもりないからいいけど。早いとこ、諦めた方がいいと思うぞ。全校公認・親公認。最早周りは俺の味方だらけ。無駄な抵抗はやめなさい。残るはお前一人なんだから。もっとも、一番肝心要のお前が認めてくれなきゃ、どうしようもないんだけどさ。
 ―――仕方ない。ここまできたら、持久戦。俺とお前の根競べというか、体力勝負といいますか。そのうち、こんな状況にも慣れてくれば、態度も緩和されるだろう。その時こそ、勝負だ。
 ―――京一の罵声を聞きながら、俺は結構呑気なもの。それと言うのも実のところ。割とスリリングなこの状況を、楽しんでいるからなのだった。
 何しろさすが、友情に篤い男、蓬莱寺京一。散々俺のこと大嫌いそうにしてる割には、まだまだ呼び名は「ひーちゃん」なのだから。
 言うと気づいてしまうから、これは絶対言うつもりもないことだけどな。まぁ、勝負はまだまだついてない。これからってことで。今日はひとまず、親公認で勘弁しといてやるよ。



畳む

#主京 #ラブチェイス

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