No.6

ジュヴナイル|魔人学園剣風帖

激走ラブチェイス
▽内容:京一のことが好きすぎてネジがとんでる系主人公のドタバタラブコメディの続き。
                                                               



 だからさ、別に龍麻のことが嫌いだってわけじゃないんだよ。あいつはいいヤツだし、頼れる男だよ。あいつがいなきゃ死んでた戦いだったあったしよ。
 けどそれとこれとは話が別だろ?
 いきなり「愛してる」だぜ?! そりゃ逃げもするって。嬉しくないだろ、男に告白されても。そりゃ、あのときの俺の対応はマズかったかなとも思うけどよ。どっちにしたって俺がひーちゃ……龍麻をそんな風に好きになるなんてありえねェし。本気なんだったら尚更さ、早く俺なんかに愛想つかした方が、あいつのためにも絶対いいって。
 なんだかんだで、あいつ、俺よりモテるし。仲間ん中でも殆どの女の子はあいつのこと好きだろ? もったいねェよなァ。せっかくよりどりみどりだってのに。いや、俺がいい男だってのはわかってんだけどよッ! 男に惚れられてもなぁ……。


 《緋勇龍麻・マジギレ宣戦布告事件》の次の日、結局俺は学校をサボっていた。行ったら絶対大騒ぎになるのは目に見えていたし、龍麻と正面きって戦う覚悟をしなければいけないと思ったのだ。―――それがさらなる悲劇を生むとも知らずに。
 あいつは仲間で親友。それは変わらない。けど、今まで通りの態度というわけにもいかないだろう。―――なにより、あいつが図に乗りそうだ。心を鬼にして、冷たい態度をとらなければ! ……そして、とにかくあいつのノリにのせられないこと。
 だが、そうやって俺が一人悩んで覚悟を決めている間、取り返しのつかないことが、学校で行われていたのである。



「…………殺すッ」
 俺は手にした真神新聞号外を怒りに任せて破り捨てた。そして、足音も荒く廊下を走り、自分の教室ではなく、三年B組の教室へと駆けこむ。
 目的の人物はそこで、文字通り笑いが止まらないという体で、真神新聞号外を押し寄せる人々に売りさばいていた。
「おい、アン子ォッ!!」
 人ごみをかきわけ、目的の人物……遠野杏子の肩をつかむ。アン子は俺の剣幕に一瞬びっくりしたようだが、すぐに笑顔に変わった。
「おっはよー、京一。清々しい朝ねっ」
「俺は全然清々しくねェんだよッ」
 アン子のところに新聞を買いにきていた暇人どもが、俺を恐れてかさっと距離をあける。しかし視線はこちらに注がれたままだ。好奇心でいっぱいの視線を。何しろ俺は、その新聞で扱っている記事の張本人の片方だしな。ちくしょー、俺は見世物じゃねェっての!
「どういうつもりだ、お前」
 精一杯の自制心を働かせて声を荒げるのを押し留めた俺は、アン子に低く問う。逆にこれが功を奏したらしく、いつもと違う俺の怒り方に本気と見てとったのか、アン子は視線を宙へ漂わせた。
「ど、どういうって……?」
「しらばっくれんな。この記事だよ!」
 俺が先ほど持っていたもの(廊下にいた美里がくれたものだ)は破り捨ててしまったため、アン子が持っていたやつを一枚とって目の前に突きつけてやる。シラきろうったって、そうはいかねェからなッ。
「これが、どうかしたの?」
 ひきつった笑顔ながらも、開き直りを決めたらしく聞き返してくるアン子。
 このやろう。いや、落ち着け俺、ここで怒鳴ったらなんにもならねェぞ。言い聞かせ、気を落ち着けるため一呼吸おいてから俺は口を開く。
「な・に・が・独占インタビューだ! これじゃあ記者会見じゃねェかッ」
 現在ばら撒かれている真神新聞の号外に載っていた記事とは、つまり俺と龍麻についてのことであり。そこには恐ろしいことがズラズラと書かれていたのである。
 これによると、どうやら俺が休んだ日、アン子のヤツは龍麻にインタビューを申し込んだらしい。それだけならまだしも、この件に興味を持つ女生徒数十名がその場に同席を申し入れ、龍麻はそれを承諾。インタビューにきっちり答えたばかりか、数十分に渡る《演説》をし、その場にいた女生徒達を感動の渦に巻き込んだという。新聞には、インタビューに対する答えの他に、その《演説》内容がこれでもかという程書いてあった。とてもではないが、俺が正気で読めないほどクソ恥ずかしい内容が!!
 そして今日、俺は三階にたどり着くまでに散々、女の子達から
「あたし感動しちゃったー。よ、幸せ者ー!」だの
「緋勇くんの気持ちわかってあげて」だの
「龍麻くんとお幸せにね!」だの
「緋勇さんにあんなに思われてるなんて……うらやましいです」だの。
 俺には嬉しくないことばかりを言われてきたのだ。龍麻の前に俺の気持ちをわかってくれ、頼むから!
「龍麻くんの了解はとってあるわよー。いいじゃない、ここまで愛されてんだから本望でしょ?」
 これで相手が女の子だったらな!!
「男に愛されて本望も何もあるかッ」
 まったく隠すことなく堂々と、切々と愛を語られても、どれほど相手がカッコよく、いいヤツでも。俺は男で、龍麻も男なんだ。みんなその辺わかってるのか、ほんとに。
「いーじゃない、男だって」
 しかし、アン子はあっさりと言いきった。
「いいわけないだろうが!」
 俺も間髪置かずに言い返すが、アン子の眼鏡に剣呑な光が宿ったのに少しばかり怯む。
「あのねぇ、龍麻くんっていえば今や真神一モテる男よ? 顔は文句ないし、頭もそこそこだし、人当たりもいいし。おまけに強い! それにここまで一途に想ってくれる人なんてなかなかいないわよ」
 真神一モテる男は俺だとか、色々言いたいことはあったが、今言うべきなのはそこじゃなかった。なんてことを思っている間にアン子のヤツはたたみかけるように言葉を続ける。
「それに龍麻くんを好きだった女の子、殆ど彼の演説聞いて応援するって決めたのよ? ここでアンタが無下に断ったら、彼女達の想いが浮かばれないじゃない。龍麻くんに愛されるなんて、アンタには身に余る幸運なんだから!」
 キッパリと断言されてしまい、色々用意していたはずの反論が霧散していく。思わずそうなのかもしれないとまで思ってしまった。
 そうか? 俺って幸運なのか? しかし、今の状況はどう見ても、不幸以外の何物でもないではないか。それは気のせいじゃないだろう。そりゃあ、龍麻に想いを寄せてた女の子は可哀想だとは思う。よりにもよって、好きな相手の思い人が男なんだから。けど、それは俺のせいではないはずだ。
「だからってなぁ……」
 はいそうですかと、うなずくわけにはいかない。しかしちゃんとした文句にはならなくて、ブチブチ呟いていると、業を煮やしたようにアン子が断言した。
「アンタなんかに龍麻くんをとられた彼女達のためにも、アンタは龍麻くんを幸せにしないといけないのよ!!」
 ……………。
 あまりにも堂々と断言されると、またもそうなのかという気がしてくるから不思議だ。いかんいかん。違うだろ、そうじゃないだろ!
 いや、龍麻が幸せになるということはいい。だがこの場合、龍麻が幸せになるとそれに反比例して俺が不幸になるんじゃないか? いやだ、俺の幸せはナイスバディなオネェちゃん達と酒池肉林なんだ!
「俺の幸せはどうなる!!」
「アンタの幸せなんてどうだっていいわよ」
 一刀両断とは、まさにこのことだろう。
 ―――アン子さん、僕になにか恨みでもありますか……?
 そう問いたくなった俺を誰が責められようか。がっくりと肩を落としたくもなるというものだ。一体、俺と龍麻のこの扱いの差はなんだ。どう考えてもおかしい。何故この状況で、俺が責められなきゃなんねェんだ。理不尽だぜ。ああ……「日頃の行いの差だねッ」と笑う小蒔の幻影が見える……。
「だいじょーぶ、龍麻くんならきっと幸せにしてくれるってば」
 落ち込む俺にかけられた言葉は、励ましというよりも更に地の底へと突き落としていくものだった。いやだッ、俺は美人でナイスバディで優しいオネェちゃんと幸せになるんだー!! 
 ―――という、俺の魂の叫びは教室に響くことはなかった。何故なら……
「任せてくれ、遠野。京一は俺が必ず幸せにしてみせる!」
 いきなりどこから現われたのか、龍麻が俺の肩をがっしと抱いて、アン子に向かってにこやかに、堂々と宣言してしまったからである。
「な、お、お前どこから……ッ」
 あまりにも突然で、驚きのあまり後ずさろうとしたが、龍麻に肩を組まれているため上手くいかない。
「ドアからに決まってるだろ。いくら俺でも床からはちょっと登場しかねるぞ」
 いや、そういうことではなく。
 ツッコミかけて我に返る俺。いかん、このまま龍麻のわけわからんノリに巻き込まれては!! 何の為に昨日休んだのかわからなくなってしまう。
「それはともかく、ひっつくんじゃねェよ」
 とりあえずは、俺の肩にのっている龍麻の腕を問答無用でひっぺがし、さりげなく距離をとる。告白されたときといい、マジギレ事件のときといい、こいつは油断すると何しでかすかわかんねェからな。
「ははは、照れるなよ京一。もはや俺達の仲は全校公認! 遠慮することなんて何にもないぞ」
「遠慮なんかしてねェッての!!」
 こりもせずに俺に近寄ろうとする龍麻を木刀で牽制しつつ、さらに距離を置いた。野郎にベタベタされて嬉しいわけがあるか。
 大体、全校公認ってなんだ! 誰のせいでこんな噂になったと思ってやがる。―――いや、原因の一端は俺にあるんだけどよ。告白された後、あんなに逃げ回らなきゃここまで知れ渡らなかっただろうし。それにしたって、元凶は龍麻以外の何者でもない。それに、あのあと噂を助長して広めまくり、単なる噂を確信させたのはアン子と龍麻の二人だ。しかも、俺が嫌がっているという事実をさっぱり無視してな!!
「ハハハハ、相変わらず俺を嫌っているようだが……。残念ながら最早お前に味方はいないと思え。昨日、お前が休んでいる間に、既に全校生徒は俺の味方となった!」
「……ンだとぉ?!」
 聞き捨てならねェ台詞に、俺は眉を跳ね上げる。そりゃ、散々そこ行く女の子達に色々言われたが。アン子のせいもあって、女の子達の大部分が龍麻の応援してるってのは聞いたが。全校生徒ってどういうことだよ!
「ちなみに、有志による《緋勇龍麻と蓬莱寺京一をくっつける会》も発足済み。会員数は今のところ三百人だ」
「なんじゃそらー!!」
 ちょ、ちょっと待てよなんでそんなもん作るんだ。何考えてんだ皆ッ。正気に戻れ! しかも、なんでそんな頭おかしい人間が三百人もいるんだー!!
 俺は頭を抱えて悩みまくる。……わ、わからねェ……。皆の考えていることがわからねェ……。
「ちなみに会長はあ・た・し。ついでに副会長はミサちゃんよ♪」
 陽気に笑ってアン子が知りたくもないことを教えてくれる。よりによってお前らか。なんで裏密なんだ。うらみつ……。裏密?! と、とてつもなく嫌な予感が……。恐ろしすぎる面子だぜ……。龍麻と裏密に組まれたら、誰も敵わねーんじゃ……。
 しかし、恐怖の事実はこれだけでは終わらなかった。奴らはさらに、とんでもないことをしでかしていたのである。
「実は龍麻くんのインタビュー、ギャラリー希望多すぎちゃって。抽選で数名のみ直接観覧で、抽選もれした人のために昼休みに校内独占生放送したのよねー」
「ねー」
 アン子の恐ろしい発言に、龍麻が首をかわいらしく(かわいくはなかったが)傾げてうなづいている。やめろ、気持ち悪いから。
「そのせいか、会員もあっと言う間に三桁よ。しかも、前後関係、あの告白事件と捕り物事件まで親切に網羅してある、《緋勇龍麻と蓬莱寺京一の愛の行方特集・真神新聞号外》も、おかげさまで大人気だし。ありがとね、京一♪」
 すこぶる機嫌の良いアン子に対し、俺は不幸のドン底だ。目の前のにこやかなアン子に、金に埋もれて高笑いをしているヤツの幻影が重なって見える。鬼だ。悪魔だ。俺は泣きたいぜ……。たった一日休んだだけだってのに、いつの間にやら全校公認のホモだ。まだ休む前は、ホモは龍麻だけだったのに。一体俺が何をしたっていうんだッ。何もしてない。俺は何も悪くないぞ! なのになんでこんな目にあわなきゃならねェんだーッ!!
 心の中で泣き叫んでも、この鬼悪魔達は容赦がない。さらに追い討ちをかけてくる。よっぽど鬼道衆の方がマシだ。
「と、いうわけで、いいかげん諦めて俺のものになれ、京一」
 にっこりと爽やかな笑顔で言うことか! そんでもって命令形で言ってんじゃねェよてめェッ!!
「誰が、なるかーッ!!」
 全ての憤りの嘆きを込めて、俺は容赦なく地摺り青眼で龍麻をふっとばした。少しは俺の痛みを思い知れッ!




 ともかくも、そんな訳で。緋勇龍麻とその仲間達による謀略により、真神学園の全校生徒の約九割は龍麻に味方した。さすがに一人残らずとはいかないが、残りの一割はあくまでもこの件自体に興味が皆無な輩であり、俺の味方なわけではない。気がつけば公認ホモの上、孤立無援。これから俺は、かなり過酷で孤独な戦いを覚悟しなければならないようである。
 何しろ龍麻についた九割の人間の殆どが、俺が嫌がっているのを知らないはずはないだろうに、既に俺と龍麻をカップル扱いしやがるのだ。まさしく全校公認ってやつだ。昼食なんぞ、クラスメートの協力攻撃によって逃げ道は塞がれ、強制的に龍麻と向かい合わせで食べさせられそうになった。出入り口は塞がれていたから、俺は仕方なく窓から逃げたのである。
 ……あれは、かなり怖かった……。何しろ三階だ。いくら俺でも三階から落ちたら無傷ではいられない。なんとか窓際を伝って逃げられたからいいものの、これから毎日この協力攻撃が続くのだったら、そのうち窓も塞がれそうだ……。そうしたら龍麻と二人向かい合っての昼飯……。うわぁああ、それは寒すぎるぜッ! 勘弁してくれッ。
 今まで毎日のように龍麻と昼飯を食ってきたが、二人きりってのはなかったし、それに今は状況が違う。偏見はよくねェとは思うが、己に振りかかってくる火の粉は払わなければなるまい。そう、俺の平穏な日々を。そして、なによりも俺の輝かしいオネェちゃん達との青春の日々を取り戻すために!!

 だが、そんな俺に追い討ちをかけるかのように―――その日の放課後、マリア先生から呼び出しがかかった。
 俺と、龍麻に。
 心あたりは、ひとつしかない。この騒ぎに決まっている。
 ここまで生徒達の間で噂になり、生放送で全校にくそ恥ずかしい演説を流し、さらには新聞まで出されては、先生の耳に届いていないと思うほうがおかしい。ついに、恐れていたことが起こってしまった。
 だが、考えてみれば全校生徒が俺の敵に回った今、先生に頼るしかないのではないか? そうだよ、先生だって不純同姓交友は禁じるだろうしな! ひょっとしたら龍麻を嗜めてくれるかもしれない。
 俺は先生にまで知れ渡ってしまったことを恨みながらも、最後の望みをマリア先生にかけることにした。
 とは言っても、なにを言われるかわからないから緊張しちまう。神とか仏とかはさっぱり信じてない俺だが、今はなんにでもいいから祈りたい気分だ。
 職員室に入ると、すでに龍麻がマリア先生のところにいた。恐る恐る近づくと、マリア先生は柔和な笑みで迎えてくれる。それにちょっとばかり安心する俺。
「来たわね、蓬莱寺くん」
 自分の席に座るマリア先生が、椅子ごと俺達の方を向いた。……不本意ながら、俺は龍麻の隣に立つことになっていたからだ。
「どうして呼び出されたかは、わかってるわね?」
 途端に厳しい視線になるマリア先生。一応、なんでかは分かってるから、俺は渋々頷く。分かりたくなどなかったが。
「さすがにここまで噂が広がってしまうとね……。先生としても見逃すわけにはいかないの。……それに、緋勇くん。面白がって噂を煽るようなことをしては駄目よ」
 静かに龍麻を嗜めるマリア先生に、俺は心の中で拍手喝采を送った。ああ、ありがとう、マリア先生!! 流石だぜッ。信じてないどころか龍麻を止めてくれるなんて!
 俺は俄然勢いづいて、一気にまくし立てる。
「そうなんだよ、マリア先生ッ。こいつが調子にのってあんなことするからさ。俺、全校生徒に誤解されてんだぜッ!?」
 これを機に、なんとしても先生をこっちの味方につけないとな。例え三百人が敵に回ろうとも、先生が味方についてくれれば百人力だぜッ。しかもそれがマリア先生なら言うことねェ。
 俺は切々と苦労を訴えようとした。しかし、その時。今まで真面目な顔して黙って聞いていた龍麻が、一歩前に出やがったのである。至極真剣な顔のまま。苦しげにも聞こえる声と共に。
「誤解でも、単なる噂でもないんです、先生」
「はい?」
 そんな表情で真っ直ぐに見つめられ、先生は目を丸くする。そして苦しげな龍麻の声の響きに、眉をひそめた。
 ち、ちょっと待てッ。せっかく先生が信じてないってのに、何を言いだすんだこのヤロー!
 ―――と、俺は慌てて龍麻を木刀で殴ろうとしたが、あっさりとかわされてしまう。ちくしょう、背後からだったってのに! 
 そして、歯軋りする俺をよそに……言いきりやがった。
「俺、京一のこと本気で愛してますから」
 うがああああッ! 言うな、そういうことをあっさりとぉおお!!
 しかもここは職員室なんだぞ?! 
「お前なぁッ!」
 反論し、更にはアホな龍麻の口を塞ごうとするが、向こうの方が素早かった。俺の行動なんて、予想がついていたんだろう。龍麻は俺の口を手のひらで塞ぐと、にっこりと笑った。絶対わざとに違いない、しらじらしい台詞を吐きながら。
「そんなに誤魔化そうと必死にならなくてもいいよ、京一。人からどう思われようと、俺達が愛し合ってることは事実で、曲げる必要なんてないんだから」
 愛し合ってねーッ!!
 と叫びたくても、口を塞がれているのでちゃんとした言葉にならない。ああ、職員室にいた先生達が固まっている……。マリア先生もどうしていいかわからないように視線を不安定に漂わせていた。違うんだー。俺はホモじゃないんだ! 勝手に龍麻がほざいているだけで、俺は関係ないんだ!! 龍麻の言うことなんか信じないでくれー先生!!
 なんとか俺の真意を伝えたくて龍麻の手を引き剥がそうとするが、この馬鹿力野郎、全然外れやがらねェ。つーか、この不自然極まりない状況を見て、俺の真意を察してくれ誰かッ!!
 願うが、それも儚い望み。何故か皆は切なげな表情を作る龍麻に目線集中で、俺のことなんて見ていない。俺が嫌がっているのに誰か気づけ。
「……先生は……俺達を、軽蔑しますか……?」
 憂いに柳眉をひそめ、悲しみたっぷりの表情を作る龍麻。《達》じゃねーだろ。お前一人だろーが、それはッ。俺まで一括りにするんじゃねェッ。騙されちゃ駄目だ、マリア先生。それはコイツの常套手段だぞ!  
 声にならない声で必死に訴えかけるが、フガフガという妙な音では通じる筈もない。大体、誰も俺のこと気づいてねェし。なんでだ。
 やばいぜ。このままでは俺までホモ決定してしまう! それだけは嫌だ。勘弁してくれー!!
 必死の願いも虚しく、職員室は何故か感動の嵐に包まれていく。裏密に変な道具でも借りたんじゃねェかと思うくらい、あっさりと龍麻の思うツボである。
「いいえ……。いいえ、そんなことはないわ。でもね、緋勇くん。他の生徒への影響も考えて、あまりおおっぴらには……そのう……。高校生らしい節度をわきまえて、ね?」
 マリア先生が言ってるのは、多分、告白ンときの話だろう。奴らの言によれば、全校に知れ渡っているらしいので。
 けどよ、先生。それじゃあまるで節度を守ればオッケーみてェじゃねェかッ。それでいいのか?! いや、よくない。少なくとも俺にとっては非常によくないぞ!
 けれどやはり、俺の声は龍麻の手に塞がれていて届かない。そうこうする内、龍麻が憂い顔から一転、嬉しそうな笑顔になって頷く。
「はい、わかりました」
 マリア先生も、微笑を浮かべて俺達を見た。暖かく、力強い眼差しで。よりにもよって、こんな時に。
「あなた達が本気なら、何も言うことはないわ。先生は、あなた達の味方よ。辛いことがあったら、いつでもいらっしゃい」
 なにィ?!
「ありがとうございます、マリア先生! よかったな、京一。マリア先生はわかってくれたぞ」
 にこやかに龍麻が俺に告げるが、本心は『はっはっは、ザマーみろ。これでマリア先生も俺の味方だぜ』だろう。
 なんてこった……! ついにマリア先生までが……。
「頑張ってね、負けちゃ駄目よ」
 偏見に負けずに龍麻を励ますマリア先生は確かにいい先生だ。美人だし優しいし。だけどもうちょっと、更正させようとか思わないのか? 道を踏み間違えようとしている生徒を止めたっていいんじゃないか?
 龍麻が頑張ると俺が困るんだよッ。俺のことも考えてくれよ、先生! ちくしょー、誤解を解かせろォォオッ。
 俺は《氣》まで使って、龍麻の手を引き剥がすなり、思いっきり叫んだ。今までの鬱憤を晴らすかのように。真実を知らしめるために。
「俺はホモじゃねェーッ!!」
 ―――しかし。
「だから、もう隠さなくてもいいんだよ、京一」
 にっこりと微笑んで、龍麻。
「そうよ、蓬莱寺くん。もういいのよ、無理しなくても」
 憐れんだように、マリア先生。
 俺の心からの叫びは、全く通じていなかった。
「ちーがーうーッ!!」
 その後、何度俺が否定しようとも、やたらと生暖かい視線で二人に嗜められるだけ。
 お前ら……人の話は素直に聞いてくれ……ッ。


 ―――こうして、俺はまた一人、味方を失った。
 明日からはさらに孤独な戦いが待っている。
 東京の平和よりも、己の平和を取り戻すため、本気で転校しようかと悩む俺だった……。



畳む

#主京
#ラブチェイス

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