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二次創作小説置き場
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No.26
ロックマンエグゼ
2025.12.26 No.26
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「デート……?」
「そ。デート!」
得意げに笑って言ってみせた熱斗の右手は、びしりと決められたピースの形。あまりにも不似合いな言葉に、炎山は僅かに怪訝な表情を浮かべてピースを突き出している熱斗の顔を観察する。
いつものように熱斗がIPC本社副社長室に遊びに来ていた時のことだ。熱斗が
『炎山、今度オレ、デートしてくるからなっ!』
と宣言したのは。
仕事を中断させた炎山は、ソファに熱斗と向かい合わせに座り、コーヒーを口に運んでいたところだった。
その発言に、衝撃がなかったと言えば嘘になる。素のままでいたならば、手にしていたコーヒーカップを落とすか、飲みかけていたコーヒーを盛大に吹き出しそうになるほどの衝撃は悠にあっただろう。それどころか、一瞬で熱斗と見知らぬ女のデートシーンを十通りほど想像してしまい、己の想像に更なるショックを受けてしまったりもした。無駄に回転の速い脳みそを持っていると、こんな時には不幸である。
だがどれほど衝撃を受けようともこの伊集院炎山、伊達に小学生の頃から副社長という重職に就いてはいない。既に高校三年生になった現在、外面を作りこむ年季は同い年の少年達が足下にも及ばないレベルとなっている。よって、表情だけは殆ど変わることがなかった。
熱斗は炎山との付き合いが長い分だけ彼の感情を読み取ることに長けてはいたが、元々が鈍い性質である。こういった場面では気が付く筈もない。熱斗には、《なにを言っているんだこいつ》くらいの表情としか見えていないだろう。
炎山は表面上だけは平静な顔を保ったまま、コーヒーに口をつけた。上等の豆を挽いて丁寧に入れられたそれは、本来ならば快い苦味しか残さぬ筈だったが、今日は何故か酷く苦い。そのせいか、次いで口にのぼらせた言葉も、随分と苦味を伴っていた。
「桜井か。今更デートと言うほどのことか?」
熱斗の周囲の少女と言えば、メイルかやいとくらいのもの。この内、やいとは熱斗に対して恋愛感情を持っていないことは明白。メイルは恋愛感情を長年抱いているようだが……ここ数年、諦めきっている気配が強い。その上、熱斗はこれに全く気づいていないという現状だ。
それにこの二人、デート紛いのことは既に何度もしている。ただ熱斗が《デート》と認識していないだけの話で。熱斗にメイルへの恋愛感情がないのは分かっているのだから、今更目くじらをたてることもあるまい。
そう思い、己へと言い聞かせながら―――それでも苦味を含んで言った言葉を、しかし熱斗はムキになって否定してきた。
「違うって。メイルちゃんじゃないし、レッキとしたデートなの!」
「レッキとした、ね……」
「信じてないな、炎山!?」
更に半眼の眼差しを向けてやると、さすがに熱斗も気分を害したのかムッとして睨んでくる。
どこからどこまでが《レッキとしたデート》というものなのかはイマイチ分からなかったが、不思議なのはそれよりも、やたらと《デート》を主張するところだ。今まではそれらしいことをしても、全く自覚がなかったというのに。一体どういった心境の変化か……でなければ、状況の変化があったというのだろう。
炎山は脳内であらゆる状況をシミュレーションしてみた。
何があったかは知らないが、この伊集院炎山―――光熱斗の為ならば六十億の損失もチャラにしてみせた男―――にかかっては、どんなデートも確実に潰してしまえるだろう。
「……お前がデートとはね。一体何があったんだ?」
脳内では着実に《熱斗のデート阻止計画》を五十パターンほど組み立てながら、炎山は熱斗に尋ねてみた。
お前がデートなど普通なら有り得ないと言わんばかりの台詞だが、どうやらその嫌味に熱斗は気づかなかった模様。怒るどころか、照れた様子で……且つ、どこか自慢げに熱斗は答えてくる。驚くべき事実を。
「いやぁ、こないだ後輩の女の子に告白されちゃってさ~っ」
「!?」
危うく手にしたカップの取手を握りつぶしそうになったのを、炎山は辛うじて堪えた。
これは、予想外の事態である。
熱斗が、誰かに……それも後輩の少女に、告白される。
予想外だった。
熱斗は年上受けはいいが、気安い性格のせいか年下からは、どちらかと言えば嘗められたり侮られたりする傾向が強い。
同級生の女子からも、未だに悪ガキのような扱いを受けているようだったので、後輩はノーマークだった炎山である。
確かに最近、熱斗は炎山ほどではないにしろ、背も伸びてきた。顔も、まだまだ童顔の印象は拭えないものの、少しずつ少年らしさの中に青年の雰囲気を纏い始めている。それにクロスフュージョンというオペレーターの身体的能力も重要視される機能を使いこなす為に鍛えていることもあって、実はしっかりと無駄なく筋肉がついていることも炎山は知っている。
今までお調子者の悪ガキとしか見ていなかった同級生の女子にしても、そろそろ変化に気づいてもおかしくない頃合だ。……そう言った変化には、逆に少しばかり遠い立場にある者の方が聡いのかもしれない。熱斗本人が色恋沙汰に鈍いからと油断していた炎山は、己の迂闊さを呪った。
思わぬ伏兵の登場と、熱斗の満更でもない様子に内心激しく動揺しながらも、必死に考えを巡らせる。
デートを阻止するのは当然として、問題はその後輩だ。いや、後輩はいい。己の腕とブルースの力、そしてIPCの力があれば、敵を見つけ出し排除することは容易いだろうから。
問題は―――そう。やはり、光熱斗本人にある。
動揺のあまり震えそうになる手を理性の力―――というか熱斗の前ではカッコつけていたい恋する男心で押さえつけ、炎山は興味のなさそうな顔を装いつつ、口を開いた。
「……付き合うのか」
口にすると、急に言葉が現実味を増したように感じる。有り得ない、そんなことにはさせないと思っても、見知らぬ少女と仲睦まじく歩く熱斗の姿が脳裏を掠めた。
出来るものなら、今すぐカップを叩き捨てて、熱斗の腕を掴んで問い詰めてしまいたい。そしてそのまま己の想いを告げてしまえたら、どんなに楽だろう。
得意げで自慢げな熱斗の笑顔が、今は心底憎たらしい。
だが。
そんな多大な努力の上で吐かれた炎山の言葉に対し、熱斗はあっさりと首を横に振った。
「いーや。デートするだけ」
かくり。炎山は思わず肩を落としそうになってしまう。
「だけ?」
どういうことだ。
デートはするが、付き合わない。そういうことだろうか。疑問が顔に出ていたのか、熱斗はこくりと頷いて、付け足してきた。
「そ、だけ。付き合うって、いまいち良く分かんないんだよなぁ~。だから、とりあえずデートしてみましょうって言われたんだ」
少しだけ安堵の息を吐く。まだ安心は出来ないが、熱斗のこの様子では、相手に特別の好意を抱いているというわけではなさそうだ。ならば、件の後輩の少女の方に何らかの手を打てばいいだろう。
安堵を呆れで覆い隠して、炎山は手にしたままだったコーヒーカップをソーサーへと戻し、いつも熱斗を諭してやる時のように告げる。
「それは単に遊びに行く、と言うんだ、熱斗」
「女の子と二人っきりなんだから、デートでいいんだよっ」
だが、あくまでも熱斗は認めない。
そこが謎だ。
女の子と二人で遊びに行く。それは初めてではないし、熱斗は今までそれをデートと認識することも認めることもなかったというのに、何故今回だけこうも《デート》であることに拘るのだろうか。
普通に考えれば、相手の少女を普通の女友達とは別格として捕らえているから、だろうが……。熱斗の様子を見ていると、どうも相手の少女に特別な思い入れがあるようには見えない。あっさりとデートするだけと言い切ったところといい、《付き合う》という将来的予定は、熱斗の脳内にないと思っていいだろう。
相手が《デート》しようと言ったから、という可能性も低い。例え相手がデートのつもりだろうが、熱斗はそんなことに頓着した試しがない。炎山相手の時は同性だから仕方ないとは言え、メイルとの時も、他の女子の時も同じだったのだから。そんなことに気がつけるようなら、とっくの昔に炎山……は無理にしても、メイルの恋は成就していていい筈だ。
炎山から見ると、どうも熱斗は―――《デート》という単語そのものに拘っているように思えた。
不思議そうな炎山の態度をどう思ったのか。ひょっとしたら、まだデートなんて嘘だと思われていると勘違いしたのかもしれない。
ともかくも、熱斗はムスッとしたまま炎山へ指を突きつけて、叫んだ。
「とにかく! これで俺もデートするんだからな。次からは偉そうな口きくなよな、炎山!」
「…………」
短い沈黙が部屋に満ちる。
珍しく炎山は驚きを露にして目を見開き、熱斗の顔を見つめていた。
一瞬、熱斗が何を言っているのかが、理解できなかった。
今までの会話の流れ。そして熱斗の今の台詞。
それらを思い起こし、考えるが―――まさかと思われるような答えが浮かんだのみ。
仕方なく視線で説明を促せば、バツが悪そうな顔を横へそむけ、その割に胸をはってみせて熱斗は言った。
「だって炎山、俺と出かけてもカンペキに気ぃつくしさ。こないだも俺が『ホストみてぇ』って言ったら、『女性のエスコートも仕事の内だ。お前もデートのひとつもすれば身につく』って言ったじゃんか」
絶句した。
では熱斗は、炎山の言葉を忠実に参考にしただけなのだ。だからこそ、デートはするが付き合うわけではない、と言ったのか。
「それでデートか? ……まったく。短絡的すぎて呆れるな」
わざとらしく、溜息をついてやる。
だが、口元には自然と笑みが浮かんだ。
安堵と。そして何よりも自分の言葉ひとつを、そこまで信じてくれる熱斗の姿に。
―――炎山も、熱斗の言葉ひとつに動かされているからこそ、それが嬉しいと感じる。
「なんだよ、溜息つくことないだろぉ!? 見てろよ、次は俺がカンペキなエスコートってやつ、してやるからなっ」
これはつまり。少女とのデートで身に着けた《カンペキなエスコート》というものを、炎山に見せ付けるという意味だろうか。
熱斗の発言とこの態度を見る限り、後輩とのデートそのものより、炎山へ見せ付けるという方に重点が置かれているように見えた。そしてそれは―――恐らく、自惚れではあるまい。
炎山が笑みのひとつも浮かべたくなったとしても、仕方がなかった。
一回や二回で身に付くとは思えなかったが、そんなことを言って三回も四回もデートをされてはこちらの身がもたない。忠告は胸の内のみに留め、ニヤリとした笑みと―――僅かに嫌味を含んだ台詞に換える。
「そうか。では楽しみにしていよう。お前の《カンペキなエスコート》ってやつを」
言えば予想通りに熱斗は馬鹿にされたと顔に血を上らせて、自分のペットへと意気込みを叫んだ。
「~~~~っロックマン、ぜ~ったい炎山に勝つからな!」
『う、うん……頑張って、熱斗くん』
答えるロックマンの声は弱い。
ナビの方も、己の主人には無理だと分かっているのだろう。当日は、彼も苦労するだろうことは想像に難くない。
まぁ炎山は炎山で、当然のようにデートの邪魔をする予定なのだから、余計だろう。
後輩の少女には悪いが、こちらは何しろ六年以上の長きに渡る片思い。譲れないものは譲れないのだ。
さて、身につかなかった時のフォローをどのように入れようか。
そんなことを一瞬の間に三十通りほどシミュレーションしながら、炎山は息巻く熱斗を愛しげに見守っていた。
その後。
後輩の少女とのデートを終えた熱斗は、やはり彼女との付き合いを正式に断ったらしい。
そして、さらにそれから暫く後―――
「……それで? 次は何をしてくれるんだ、熱斗?」
「~~~~っ。イチイチ嫌味なやつだなお前は~っ」
熱斗以外の人間が見たなら目を疑うほど機嫌良くにこやかな炎山と、唸ったり叫んだり文句を言ったりしながらも、やはり楽しそうな熱斗が、デンサンシティの一角を賑やかに歩いていたという。
果たしてそれは《デート》だったのだろうか……?
答えは、互いに口にすることもなく。
それぞれの胸の中だけに―――
#炎熱