No.25

ロックマンエグゼ

スマイルコール
▽内容:久々の再会にもかかわらず、思ったよりあっさりしている熱斗にもやもやする炎山。


                                                                                        


とさりと副社長室の椅子に腰を下ろすなり、炎山は深々と溜息をついた。
座ってみると、己の疲労が身にしみる。
暫くは目を閉じて背もたれに背を預けていたが、いつまでもそうしているわけにはいかない。
事件の事後処理や、事件に追われていて滞っていた仕事等、やらなければならないことは山ほどあるのだから。
もう一度短く息をついて、ホルダーから取り出したPETを机の上のスタンドに置く。
すると命じられるまでもなく、ナビであるブルースがパソコンの電源を入れ、モニタに光が灯った。
さぁ、仕事に取り掛からなければ。
思い、炎山はブルースに命じて今回の事件の資料を表示させる。
ナビの大量失踪事件。解決してみれば、何と言うことのない事件だった。科学者としての名誉欲に駆られた、哀れな男が起こした事件。
確かにあの男の理論は間違っておらず、あの圧縮方が確立されれば歴史的な発明になっただろう。
惜しむらくは、それが実現可能な環境がまだ世界に整っていなかったということか。
アステロイド並の処理能力を持つナビなど、草々いるものではない。一般に普及するには、聊か飛躍的過ぎたと言うべきか。もっとも、大企業等の独自の環境を構築できる相手にとっては、他より一歩先行く為に有用な発明ではあったろうが。
何にせよ、終わったことだ。彼は既に捕らえられたのだから。あの圧縮方が世に広まるのは、早くとも彼が刑期を終えた後になるだろう。
技術の進歩は目覚しい。その頃には、画期的でなくなっている可能性も多分にあるが、それは仕方のないことだろう。
いま自分が考えることはそのような幻の圧縮方ではなく、事件の事後処理とそれに伴う報告書の作成についてであり、これによって滞ったIPC副社長としての仕事についてだ。問題も仕事も山済みであり、当分の間、休める余裕はありそうもない。
モニタ上に並べられた幾つかの資料を基に、炎山はブルースを通じて事後処理に関わる幾つかの指示を出し、またそれを報告書に纏めていった。
「………」
その炎山の手が、はたと止まる。
『炎山さま、どうかされましたか?』
「……いや」
不意に止まった主の様子を訝んだブルースの声で我に返る炎山だが、視線はモニタの一角に据えられたままだった。
『………』
ブルースはその視線を辿るようにして、原因を探り当てる。
『そういえば、ニホンでもこの事件が起きていましたか』
炎山の視線が捉えていたのは、ニホンで起きたナビ失踪事件の資料だった。
この事件は世界各地で起こっており、ニホンではこの事件に、やはり同じくネットセイバーである光熱斗が関わっている。
炎山も恐らくそうだろうと思い、捜査中に情報協力を求めて熱斗に連絡を取ったのだから、当然知っている。
彼からもたらされた情報が、解決に繋がったのだ。忘れてはいない。今更、不意を突かれる理由などない筈なのだが。
「…………」
炎山は黙って、ニホンで起きたナビ失踪事件の資料が表示された一角を見つめる。
読んでいるわけではなかった。ただ、見ているだけ。
『…………』
手を止めたままの炎山に、ブルースも心得ているのか何も言わず、じっとしていた。
世界各地で起きていたナビ失踪事件。必要に駆られて、光熱斗へと連絡を取った。
だが、今思い返してみれば、熱斗本人に連絡を取る必要はなかったのではないかと、思わなくもない。
総監や、名人に聞いても良かった筈だ。
―――いや、熱斗はあまり報告をマメにする方ではないし、その場の判断で独自に動いてしまうことも多い。となれば、最新の情報を求めた場合、直接連絡をすることは悪い判断ではないだろう。
己の中に沸いた疑問を己で否定しながら、しかしそれが正当である割に言い訳じみている気がして炎山の眉が微かに顰められた。
あの時の会話が思い起こされる。

『えんざんっ、久しぶり~!』
「あぁ」
『元気? すこし、痩せたんじゃない?』
「無駄話は後だ」
『ちぇー。久々の再会なのに冷たいの~。こっちだって遊んでるわけじゃないんだから。今だって、こうしてネットセイバーとしてバリッバリ仕事してんだから』
「ナビの大量失踪事件か」
『炎山も?』
「あぁ。何か情報があればと思って連絡したんだが……」
『残念。こっちも今のところ手がかり無し』
「そうか……。お互い、何かあったら連絡をとろう」

随分と久しぶりに聞いた声は、相変わらずに元気そうだったけれど。
再会を喜ぶ声。
こちらを案じる声。
用件だけを告げるこちらに拗ねる声。
どれも本当に久しぶりで。
嬉しくなかった筈がない。
熱斗は知らないだろう。何度、炎山が連絡を取ろうとしてPETを手に取り。その度に躊躇って、悩んで、結局は諦めたことなど。
「……何が、《久々の再会なのに冷たいの~》だ」
軽い溜め息と共に、背もたれに背を預ける。
まだ取り掛かったばかりで、休憩するには早すぎるのは分かっていたけれど、仕方ない。
久々のやりとりを思い出してしまえば、聞いた声だけが脳を支配して、仕事のことが入る隙など消えていってしまうのだから。
元気そうだった。
忙しそうだった。
こちらを案じてくれた。
用件以外の自分を欲してくれた。
それだけで嬉しくなる。笑みが浮かびそうになる。
けれど。だからこそ。
「そう思うなら、連絡くらい寄越せ、バカが」
あんなことを言っておいて、熱斗から炎山に連絡が来たことなど一度たりとてない。だからこその《久しぶり》なわけだが。
炎山がアメロッパに出張になってからだけではない。まだニホンに居る頃から、熱斗の方から連絡が来ることなど本当に稀で。いつもいつも、連絡を入れるのは炎山の方からだった。
だが、今回は事情が違う。単にIPCの仕事の都合というだけでなく、アメロッパでも起きているというアステロイド事件の為。
戦う場所は互いに違うが、それでも同じ事件に立ち向かう者同士、共に頑張ろうと誓った。
そういう事情だったから、熱斗の方から何かしら連絡が入るのではと思った炎山だったのだが、どうやら考えが甘かったようである。
結果は全くのゼロ。
連絡など、ただの一度もありはしない。
別に、約束をしていたわけでもない。なくても当然、仕方のないことだとは思う。
熱斗と炎山の間にあるのは、ライバルで、同じネットセイバーで、もしかしたら親友、くらいのもの。
けれど、クロスフュージョンが出来る仲間は互いしかいないという状況にあれば。しかも片方はその為に遠くアメロッパに行ったとなれば、多少は気にしてもいいのではないだろうか。
私生活のことは置いておくにしても、こちらの事件はどんなものが多いだとか。どんなアステロイドと戦ったのかとか。
そんな、仕事とは切り離せないながらも、少しは私事の混じるようなものでも構わないのに。
熱斗からの連絡というなら、見事なまでに、一切、全く、微塵もなかった。
本当に自分のことを親友だと思っているのかと、炎山が疑いたくなっても仕方がない。
炎山の方は、少しばかり意味合いが違うが―――それでも、親友だと、大切な存在だと思っていることには変わらない。
熱斗が今、どんな敵と戦っているのか。一人で大変ではないか。心配だし、気になって仕方がない。
そういった心に正直になったならば、毎日のように連絡を入れていただろう。
時差や仕事の関係で連絡できる時間というのは限られているから、実際には毎日というのは不可能かもしれないが、気持ちで言うならば毎日だったし、そうでなくとも週に二~三回は間違いなく連絡を取っていただろう。
実際、文字だけのメールに限って言うならば、月に一~二度くらいの割合で送ってはいるのだから。
熱斗も、これに対する返事は、短いとは言え一応、出してきていることはきている。だが、それはあくまで《返事》であるし、せいぜいが
『そっかー、お前も頑張れよ!』
だとか
『おー、じゃーまたな!』
といった、本当にたった一言でしかない。
これでは様子の知りようがないではないか。
だが、だからこそ炎山は自分から積極的に連絡を取ることをしなかったのだ。
子供っぽい、バカらしい意地なのだろうとは思う。
けれど、自分から連絡するのはどうしてもシャクだったのだ。したい気持ちはあったし、それを我慢するのは辛かったけれど。
声が聞きたい。話がしたい。顔を見たい。様子を知りたい。
思って、何度もPETに手を伸ばしかけて、堪える、ということを繰り返した。
そうして今回、仕事を理由に久々に連絡をとってみれば、あれだ。
嬉しいことに嘘はないが―――だったら何故、と釈然としない気持ちが残るのも本当。
世間的に、親友とはこんな程度のものなのだろうか。
同い年くらいの友達など皆無に近く、親友などというものを熱斗以外に持ったことのない炎山には、いまいちその程度が分からないが、では親友とは随分と冷たいものだと思ってしまう。
それともこれは、自分の熱斗に向ける気持ちが、親友という枠からはみ出してしまったが故のものなのだろうか?
「…………」
その疑問こそが、炎山を躊躇わせる最たる理由だ。
親友というものの定義も、程度も、パターンも炎山には分からない。恋人というもののそれも、分からない。
だから、線の引きようがないのだ。
どこからどこまでが親友として当然で、どこからが違うのか。どこからどこまでが恋愛感情とみなされるものなのか。
その区別が、いまいち炎山にはつかないのである。
ただ分かるのは、自分の心に沸き起こるもの、その事実だけだ。
声を聞きたいと思う。顔を見たいと思う。話がしたいと思う。様子を知りたいと思う。大変な目に遭っているなら助けたいと思う。
笑顔が見たいと、思う。
笑顔でいて欲しいと思う。

一体この気持ちは、親友としてのものなのか。
はたまた、それを逸脱したものなのか。
全くもって、分からない。

熱斗とのやりとりを思い出す。

『久々の再会なのに冷たいの』

ということは、少なくとも再会を喜んではくれていたということだろう。短すぎ、用件のみのそれに対して拗ねてもいたようであるし。
「…………」
自分から連絡を取るのは簡単だ。
そして連絡を入れれば、きっと喜んではくれるのだろう。
その確信はあった。
けれど、己に残る疑問のためだけでなく、それをするには躊躇いが残る。
少しでも、この疑問を解消する為にも。
そして何より、自分の望みとして。
とても些細で子供っぽい拘りだとは分かっていても、望んでしまう。
たまには、向こうから、連絡を。
短くても構わない。くだらないことで構わない。今日あったことでも見た夢でも。そんな日常のことで構わないから。
挨拶だけでもいい。それが自分に向けられたものなら。その為だけに寄越してくれる連絡なら、きっと嬉しいだろうから。
些細だけれど、それは贅沢な望みだろうか?
モニタ上にはやりかけのまま止まってしまった報告書と、手をつけられるのを待っている仕事の山。
時間は無駄に出来ない、少しでも早く終わらせなくては。理性では分かっているけれど、今は続きをする気にはなれなかった。
代わりに、視線をPETへと移す。
ブルースは今、PCの方へ移っているのでそこに姿はない。PCとのリンクを示す画像だけがくるくると画面上で動いていた。
こうして見ていたって、連絡が来るわけもないのは承知だけれど。
どうしても、希望をこめて見てしまう。
事件は解決した。
自分と、ラウルの手で。
きっかけは熱斗とロックマンが発見した圧縮データであり、犯人を誘き出す作戦のヒントは光博士だったけれど。
だからこそ、何かないかと期待してしまう。
熱斗のことだから、有り得ないとは言えない。
これを理由にかかってくるものなら、本来の希望とはだいぶズレて、拗ねたものだったり怒ったものだったりしそうではあるが、それでも構わなかった。
用件のみで切ってしまった二回の通信。
それだけでは、熱斗は納得しないだろうから。
今この時は、親友だとか親友をはみ出すものとか、そんなことはどうでもいい。
ただ、ささやかな願いだ。
親友としてでも、ライバルとしてでも、同僚としてでも構わない。
ただ、その声を。顔を。
叶うなら、笑顔を。
与えて欲しかった。

「バカはオレか……」
自嘲気味にため息をついて、炎山は椅子に凭れ掛かっていた背を起こす。
さすがにこれ以上、無駄な時間を使うわけにはいかない。
仕事が終わらなければ、例えアステロイド事件が解決したとしても、ニホンに戻れないのだから。
「ブルース、捜査に協力してもらったテレビ局へ礼と、訂正報道の―――」
そうして炎山が再び仕事を開始すべく、またブルースへと指示を出していた時。

ピピピピピ……ッ

PETから電子音が聞こえた。
「………っ」
反射的にそちらを見れば、PCの方からブルースの声。
『炎山さま、光熱斗から、オート電話です』
それこそ、願ってやまなかったもの。
「……そうか、繋いでくれ」
思わず浮かびそうになる笑みを、気合を入れて押し込め、代わりにいつもと代わらない無表情を。
用意するのは、せいぜいが嫌味に見える微かな笑み程度。
何故なら、自分ばかりがこうして連絡を心待ちにしているのは、シャクすぎるから。
『炎山ッ、事件が解決したなら連絡寄越せよなーっ。無駄足踏んじゃったじゃんか~』
繋がるなり聞こえるのは不満を述べる声だけれど、本当に怒っているわけでないことは、知っている。
苦笑を浮かべて、相手にも顔が見えるようにPETを手にとって引き寄せる。
「悪かった。事後処理に追われてたんだ。それに、総監から話が行くと思ってたからな」
言えば、PETの画面越しに見える熱斗はムスっと不機嫌そうな顔に変わる。
『そういう問題じゃないだろぉ!? まったく、こないだは用件だけでさっさと切っちゃうし。ほんっとお前って冷たいよなぁ~』
転じて、今度は拗ねたような顔に。
短い間に、ころころと変わる表情を見ているのは、飽きなくて楽しい。
しかもその変化の原因が、自分だというのなら尚更。
またも緩みそうになる頬を引き締めて、出来るだけ余裕に見えるように。
「なんだ。そんなにオレと話したかったのか、熱斗?」
からかうように微笑を浮かべて言ってやれば、押し黙った熱斗はじろりと睨みつけてくる。
その表情がどことなく悔しそうに見えたのは、気のせいではないだろう。
『~~~~ッ』
しばらく悔しげに唸った後、熱斗が口にするのは待ちに待っただろう言葉。
『あーそうだよッ。だってお前、ぜんっぜん連絡よこさないじゃんか』
「それはお互い様だろう」
『~~~~~お前ほんっとムカツク!』
PETの小さな画面の向こうで、熱斗が暴れているのが見てとれる。それを宥めるロックマンの声も聞こえて、炎山は思わず笑ってしまった。
「分かった。じゃあ、オレは一週おきに連絡を入れる。その代わり、熱斗。お前もオレとずらして一週おきに連絡を寄越せ。それでおあいこだろう?」
『へ? 一週おき?? なんで』
炎山の提案がどういうことか、いまいち飲み込めてない様子の熱斗に、炎山の肩がガクリと落ちる。
『だから、今週は炎山、その次の週は熱斗くん……って感じに、交互に順番を決めて連絡をしよう、ってことだよ』
幸いにもロックマンが間に入って説明してくれたので、炎山が説明しなおすことにはならなかった。
熱斗もこれで納得したのか、なるほど~、とPETの向こうで手を叩いている。
『わかった、んじゃそういうことでキマリな!』
「本当に分かったのか?」
『あ、バカにすんなよッ。も、カンペキ!』
自信満々、といった様子で胸を逸らし、ピースまでしてみせる熱斗にかえって不安を煽られたが、ロックマンが分かっているだろうから、なんとかなるだ
ろう。
そう自分に言い聞かせ、炎山も頷く。
「あぁ、忘れるなよ」
『お前こそ、忘れたら承知しないぜ?』
自分からは今まで全く連絡を寄越さなかったくせに、随分と調子がいい、などと思いながらも、炎山の口元からは笑みが消えない。
しっかりと引き締めて緩まないように気をつけていても、これ以上はなかなかに難しかった。
約束となれば、熱斗はきちんと守る方だ。
やや時間にはルーズだが、約束そのものを疎かにすることはないと言っていい。
これで喜ぶなと言う方が無理だ。
今、PETの画面には、望んでいた声が、笑顔がある。その上、今後とも定期的に連絡を取る約束を取り付けたのだから。
『ま、なにはともあれ、お疲れさん、炎山!』
「あぁ、ありがとう。お前にも礼を言わないとな」
『そーだろそーだろ。思いっきり感謝してくれよ!』
相変わらず調子がいい。
そんな様子を見れば、尚更笑いを堪えることなど出来はしないだろう。せいぜいが、呆れを混ぜようと努力するくらい。
「半分以上は、名人の手柄だろう、お前の場合」
『あッ、ひでー! オレだって頑張ったのに!』
「冗談だ。ちゃんと感謝してる。PETを揺するな、画面がブレて気持ち悪い」
『ハイハイ。炎山は素直じゃないからな~』
「なんのことだ?」
『さーねー』

何気ない軽口の応酬。
こんなことも、随分と久しぶりだ。
自分とこんな会話が出来る人間は、今のところ光熱斗しかいない。
昔であれば、低俗で無駄なことと割り切っていたこんな会話も、熱斗としていると楽しいと思えるから不思議だった。
にやにや笑う顔は少しばかり気に障ったけれども、上機嫌だから許してやることにする。

声を聞いて。
くだらないことを話して。
顔を見て。
笑顔を目にして。

たったそれだけのことで、幸せになれる。
それが、相手からもたらされる。
そんな些細な違いだけで、何もかもが違う。

これは一体、どんな不思議なのだろう。
それこそが、親友からはみ出してしまった何かなのだろうか。
それはまだ、分からないけれど。
今はこの些細な幸福と約束を素直に幸運と受け止めて。
大切な人と、久しぶりにゆっくりと、話をすることにしようか。



#炎熱

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