No.23

ロックマンエグゼ

取り戻したかったのは、君の笑顔
▽内容:闇堕ちブルース奪還作戦後の炎熱


                                                                                        




 前頭部に、鈍く重い痛みが続いていた。うっすらとした意識の中では遠い感覚だったが、体のあちこちからも痛みを伝えてきていることが、なんとなくだが分かる。
 体はまだ休息を欲している。
 けれども熱斗は自分を叱咤して重い瞼をどうにか開いた。
「………」
 目を射す蛍光灯の明かりを覚悟していたが、照明は控えめで寝起きの目にも痛くはない。
 それに安心して何度か瞬きを繰り返し、目に水分を送り込むとようやく首を巡らせて周囲を見る。
 臨時作戦室ではないようだが、科学省でも家でもない場所らしい。人気もなかった。
「………?」
 不思議に思って、のろのろと上半身を起こす。
 そうしてもう一度見回して見ると、そこは科学省のバンの中であることが分かった。
 ブルース奪還作戦で使用する拠点まで熱斗らを運んできた車の内のひとつだ。
 運転席と仕切られた後部座席部分は広く、ラウンジタイプに似たつくりをしている。小さなテーブルがあり、それを囲むように座席が設けられていた。移動中に作戦会議等が出来るようにしてあるのだろう。
 その長い座席に、熱斗は薄い毛布を掛けられて寝かされていたようだ。
「みんな、どこだろう」
 まだ明瞭さの足りない声で呟く。そうすることで意識の覚醒を促した。
 ブルース奪還作戦は、成功した筈だ。少し頑張りすぎたみたいで、気を失ってしまったけれど。
 祐一郎が、小さい頃に泣きやまない熱斗をあやした時のように優しく肩を抱きとめてくれたのを、なんとなく覚えている。
 だからきっと、間違いなく成功したのだ。
 バンの中には、誰もいない。一緒に来たメイル達の姿も見当たらなければ、祐一郎の姿もなかった。
 大勢いた科学省やネットセイバー達の姿もない。まだ、拠点の中にいるのかもしれなかった。
 作戦が成功したのだから、もっと皆は嬉しげに騒いでいるだろうと予想していた熱斗は、途端に不安になってしまう。
 成功したかに見えて、自分が気を失った後にまた何かあったのでは、とか。
 あのまま―――戻ってきたかに見えたブルースが……実は……。
 そこまで考えて、熱斗は強く首を横に振って不吉な考えを追い払う。
 そんなこと、あるわけがない。
 自分は、頑張ったのだ。ロックマンも、ずっとブルースを呼んでいたことを熱斗は知っている。自分とクロスフュージョンしている時、ブルースと対峙しながら。ロックマンは熱斗と一緒にブルースを睨み、見据え―――呼んでいたから。
 そして炎山。
 炎山も、あんな―――あんな危険なことまでして、ブルースを助けようとした。
 思い出して、熱斗はぎゅ、と拳を強く握り締める。
 ブルースのダークオーラが弱まった一瞬にクロスフュージョンした炎山。
 そしてその後―――変貌してしまった炎山とブルース。
 今も、思い出しただけで体が震える。涙が出そうになる。
「……炎山……っ」
 泣いてしまうのは悔しくて、熱斗は唇をかみしめてそれを堪えた。
 あの時、炎山が飛び出してきて―――熱斗は複雑な感情に襲われた。
 少し、嬉しくて。けれど悲しくて、悔しかった。
 自分にとってロックマンが代わりなどない大切な存在なのと同じように、炎山にとってのブルースもそうなのだと知っている。きっと自分が炎山だったとしても、こんな時に一人で待っているなんて出来ないだろうとも思う。分かる。
 別に炎山が、熱斗達を信じていないとか、頼りにしていないと思っているわけではない。作戦の前、炎山は自分達に「ありがとう」と言ったのだから。
 でも、やはり―――少し、悔しかったのだ。
 炎山が自ら来たことに、ではない。
 それを―――言ってくれなかったことに。
 頼りにされてないわけではないのだろう。信じられていないわけでもない。そんなことは知っている。
 けれど少しだけ、悔しくて悲しい。
 こんな時に、人にそれを告げたり、相談したり出来ない炎山が。全て、自分でこなしてしまう炎山が。自分で責任を負ってしまおうとする炎山が。
 少しずつ少しずつ、変わってきているけれど。やはりまだ、炎山にはそういうところが残っている。
 置かれていた立場上、仕方のないことだともわかっているけれど。こんなことは、自分の我侭なのだとも分かっているけれど。
 せめて自分にだけは、考えを、悩みを、不安を―――言ってくれれば良かったのに、と。
 だって熱斗は、炎山が大好きなのだ。
 偉そうだし説教するし馬鹿にしてきたりもするけれど、熱斗は炎山が好きだった。
 友達は皆好きだし、熱斗は苦手な人は居ても嫌いな人など殆どいないけれど。ママもパパも大好きだけれども、炎山はまた違った大好きだった。どう違うのかは、よく分からなかったけれど。
 バンの中を見回す。やはり、誰もいない。
 窓にかかるカーテンを払って外を見たけれど、そこから見える範囲に見えた人影は、忙しく立ち働く科学省の人々だけだった。
 炎山の姿も、見えなかった。
 痛む体を押して、熱斗は寝かされていた座席から降りる。まだ眠かったし疲れてもいたし傷も痛かったけれど、このまま寝ているのは落ち着かなかった。不安だった。
 早く炎山に、会いたかった―――。
 ダークオーラの全てを取り込んでも、クロスフュージョンした炎山とブルースは消えなかったのだから、二人共無事な筈である。だからこそ、早く会いたかった。
 無事でない筈がない。信じている。
 クロスフュージョンした炎山が変貌してしまった時、絶望しかけたけれど。
 信じていたから。
 きっと、炎山なら。ブルースを取り戻して戻ってくると。
 信じられたから、あの時。
 どれだけ苦しくても辛くても、手を伸ばすことが出来た。ダークオーラを取り込む苦痛にも耐えられた。
 ロックマンも、ブルースは絶対に戻ってくると信じていたから。二人で、耐え切ることが出来たのだ。
 会いたい。
 思うのは、不安だからではなくて。
 見たいから。
 本来、ある筈のものを取り戻して。
 彼に降りかかった憂いを取り払って。
 炎山が心から笑っている顔を、見たいから。

『全て俺のせいだ……!』
 自分を。自分だけを責める言葉を吐いた炎山を思い出す。
 熱斗へキツイ言葉を投げかけながら、本当は誰より自分を責めていた炎山。
『ブルースは敵だ』
 断じながら。
 誰より傷ついていた炎山。
 そして―――涙を流した、炎山。
 初めて炎山の涙を見た熱斗は―――あの時、決めたのだ。
 炎山も決めたように。何があっても絶対にブルースを取り戻すのだと、決めた。
 絶対に諦めず、取り戻すと。
 何より。
 誰より。
 炎山の為に―――。

 こんな風に強く思うのは初めてだった。

《誰かの為に》

 それを思うのは。

 強さは同じだけれど、ロックマンを思うのとも性質が違う。
 祈るように。願うように。
 求めるように強く思う何か。

 それがなんという想いなのか。どういうものなのかは、知らない。
 不思議にも思わなかった。
 何故ならそれは突然降って湧いたものではなくて。少しずつ少しずつ、熱斗の中に培われてきた思いだから。
 
 バンのドアへと熱斗は向かう。
 早く会いたかった。確かめたかった。
 ちゃんと炎山が、ブルースを取り戻して、心から笑っているところを―――。

 そしてもうすぐドアへ辿り付くというその時、電子的な音を立てて、独りでにドアが開く。
 外から、誰かがドアを明けたのだろう。
 開いたドアの向こうにいたのは―――
「炎山……」
 熱斗が会いたいと思っていた、炎山その人だった―――。


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 ドアを明けてすぐ前に立っていた熱斗に、炎山は驚く。
「……熱斗。もう、大丈夫なのか……?」
 炎山が祐一郎に聞いたところ、熱斗はブルースとの戦いによる怪我やダークオーラを取り込んだ疲労で寝ているとのことだった。科学省が弾き出した予想よりも強力なダークオーラを持っていたブルースのそれを取り込んだのだから、疲労は大変なものだろう。
 それを聞いたものだから、ブルース奪還成功の報告を入れた後に休息をとるように言われた炎山は、熱斗の邪魔にならぬよう、熱斗を起こさぬように一人で休むつもりだった。
 だが―――本来の住人を取り戻した赤いPETを見て深く安堵を覚えれば、自然とこの為に手を尽くしてくれた熱斗のことが思われて―――会いたくなってしまった。
 迷った挙句、炎山は熱斗の寝ているバンにそっと入り、起こさぬように近くで休もうと決めたのだ。
 まさか起きているとは思わず、心配そうに声をかけて顔をよく見れば、やはりいつもより顔色は悪い。
 疲労のせいだろう、手足にも力がしっかり入っていないようにも見受けられる。
「まだフラついてるじゃないか。早く戻って休め」
 慌てて奥へ戻そうと口を開けば、思ったよりもキツイ口調になってしまった。
 こんなに無理をして、こんなに頑張っているのに、これ以上何を頑張るつもりなのかと不安になったからなのだが―――これでは叱っているようだと、言ってしまってから気づく。
 いつもこうだ。
 もう少し、優しく出来たらいいのだけれど。
 命じる口調に慣れているせいか、自分の言葉は自分で思うよりもキツイのだということを自覚したのはまだ最近の話。それこそ熱斗と会ってからだ。
 気づいてからは治そうと努力はしているものの―――身に付いた習性というものは、そうすぐには消えてくれない。
 しまったと思って熱斗の顔を伺えば、案の定に彼は拗ねたような顔をして軽く炎山を睨んでいた。
 言葉に詰まる。
 何ヶ国語が喋れたところで、こういった肝心な時に考えを想いを伝えられないのであれば、どんな言葉も意味はないというのに。
 なんとか謝罪の言葉を口に載せようとした時―――それよりも早く、熱斗が口を開いた。
「炎山に、会いに行こうとしたんだよっ」
「……俺に?」
 軽く睨み上げてくる目に、どきりとする。
 熱斗に会いたいと思っていた炎山にとっては、まるでこちらの思いを見透かされているような言葉だったから。
 どうして、と。問うように視線を向ければ熱斗は炎山の目を覗き込むように下から顔を寄せてきた。
「熱斗……?」
 真剣な目に、戸惑う。
 重ねて問うように名を呼ぶと、熱斗は真剣な目のまま、答えを返すのではなく逆に問い掛けてきた。
「炎山は、大丈夫なのか? ブルースも、調子悪いとかないか?」
「あぁ……」
 なるほど、と納得して炎山は口元に淡い笑みを浮かべた。
 熱斗は終わるなり気を失ってしまったのだから、不安でも当たり前だろう。
「大丈夫だ。俺も、ブルースも」
 安心させるように、ホルダーからPETを取り出して見せてやった。今はブルースに後遺症等がないか調べる為にメンテナンスモードにしてあるので姿は見えないが、確かにブルースの表示がある。
 熱斗もそれを見て安心したのか、険しい程に真剣だった目を和らげた。
 その様子に、炎山の口元に浮かべられた笑みが濃くなる。
 いつも、そうだったから。
 熱斗は、いつも自分のことのようにブルースを心配してくれていた。
 そして、炎山を。
 作戦のことを告げに来てくれた時もそうだった。
 皆に知らせるのなら、メールでも良かった筈なのに。熱斗はわざわざ直接伝えに来てくれて、そしてブルースを取り戻せるのだと自分のことのように喜んでくれたのである。
 思えば―――あの時も。
 ブルースを失ったばかりの時。
 炎山は熱斗と喧嘩のようなものをした。
 喧嘩とも言えないかもしれない。ブルースを失ったことによる不安と、後悔と、自責の念に駆られて熱斗に当たった。
 ……自分を責めて、責め続けても足りなくて。誰かに、お前のせいだと厳しく責められたかったのだろう。
 とても理不尽なことを言い、らしくないことを言い、殴りさえしたのに。
 殴り返してきた熱斗は―――熱斗も。泣いていた。
 諦めるなと、言ってくれたのだ。
 人に―――弱音などを吐いたのは、一体いつぶりのことだろう。恐らくは、記憶も不確かなほど小さな頃が最後だろう。
 許されなかったし、する気もなかった。
 なのに、あの時―――どうしてわざわざ、熱斗のところへと行ったのか。
 あんなことを言ったのか。
 今思うと情けなく、恥ずかしく、取り消してしまいたい気もするけれど。それ以上にあの時の熱斗の言葉と涙は炎山の心を大きく揺らしたから―――。なかったことにしたくはない。
 熱斗の言葉と、声と、笑顔に。どれほど勇気付けられてきただろう。
 大丈夫。
 そう言って、励ましてくれなかったら。自分はブルースを諦めていたかもしれない。
 そして今日も―――。
 迷惑はかけられないと言った炎山に、ブルースを助けるのは当たり前だと言うように笑った。
 大丈夫だと、無条件に信じられる笑顔。
 感謝の言葉は、意識せずとも自然と出てきた。
 どれほど感謝しても、したりない。
「熱斗……」
 炎山は手をのばして、熱斗の頬に触れる。
「……え、炎山……?」
 戸惑った風の熱斗に構わず、そこにつけられた傷を指でなぞった。
 知らず、眉が寄る。
 見れば、腕にも脚にも、細かな傷が数え切れないほどあった。包帯が巻かれるような大きな傷もある。
 こんなに傷ついてまで、熱斗はブルースを取り戻そうと全力を尽くしてくれた。
 言葉にするほどそれが簡単なことではないと、知っている。近くで見ていた、そして熱斗の声を聞いていた炎山は知っている。
「熱斗……」
 たまらなかった。
 熱斗についた傷が。そこまでしてくれているのに、それが当たり前だと笑う熱斗が。それどころか、こちらの心配までしてくれる心が。
 意識せずに、体が動く。
 傷から手を離した炎山は―――気がつけば、熱斗を抱きしめていた。
「炎山……どうしたんだよ……?」
 突然抱きしめられて驚くよりも戸惑いが強いのか、腕の中で熱斗は不安そうに問い掛けてくる。
 それには無言で首を左右へ振って答え、炎山は腕の中の温かさをよりしっかりと抱きしめた。
 腕の中にいるのは、まだ子供の自分よりも僅かに小さな背。小さな手。その体で、炎山が戦えない間、ダークロイドとほど一人で戦い続けてきたネットセイバー。
 自分のライバルで―――そして、友人。いや、言ってしまおう。親友だと。
 こうしていると、どうしようもなく感謝と―――愛しさが沸いてくる。
 感謝の気持ちが深くても、人は泣きたくなるのだと初めて知った。
 涙を堪えながら、炎山は告げる。
「ありがとう、熱斗。……お前の、お陰だ……」
 今日だけでなく。
 今まで、ずっと。
 ブルースというかけがえのない相棒を失った炎山を支えてくれたのは、熱斗だった。
 今日もこんなに傷つきながら、戦ってくれた。
 ダークオーラを取り込むという危険なことまでして。
 きっと炎山だけでは、ブルースを取り戻すことなど出来なかっただろう。
 ブルースを抱きとめながら、闇が払われていくのを感じていた。
 炎山とブルースの心の世界を覆っていた、ダークオーラの闇。あれを払ったのは―――熱斗だ。
『えんざーん……っ!!』
 苦痛の中、叫んだ声を聞いたと思ったのは、気のせいではないだろう。
 苦しい戦いの中。叱咤するように励ますように届いた声に、どれほど救われたことか。
 感謝という言葉だけでは足りない。こみ上げてくる愛しさを表す言葉も今は知らない。
 ただ少しでもこの思いを伝えたくて、炎山は熱斗を抱きしめたまま、微笑った。
 いま心にある、全ての思いをこめて。
「本当に……ありがとう」
 すると熱斗は、戸惑いの顔に一瞬だけ驚きの表情を浮かべた後―――
「…へへっ、どーいたしまして!」
 そう言って、とても嬉しそうに、笑い返してくれた。
「……熱斗……」
 気が付けば、いつでも傍らには熱斗の笑顔があった。
 けれどその中でも、今日ほど嬉しそうな笑顔を、炎山は見たことがないと思う。
 それが今日であることに炎山は深く感謝して、また熱斗を抱きしめた。

 熱斗が、ずっと自分を支え、力になってくれたように。

 自分も必ず、熱斗の支えになり、力になろうと強く心に誓いながら―――



#炎熱

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