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二次創作小説置き場
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No.22
ロックマンエグゼ
2025.12.26 No.22
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「熱斗~、今日の帰り、ちょっと買い物に付き合ってくれない?」
熱斗がメイルにそんな誘いをかけられたのは、昼休みも終わりの頃のこと。
幸い、デカオは少し離れたところで他のクラスメートとネットバトルの話で盛り上がっているらしく、このことには気づいてないようだ。
もっとも、熱斗自身がそこまで気を回せる筈もなく、そのことを確かめたのは彼の親友であり大切な相棒でもあるネットナビ・ロックマンの方だったが。
ちょうど開かれていたPETの中のロックマンが、それを確かめて胸をなでおろす。
デカオがメイルに好意を寄せていることは熱斗も知らないわけではないが、どうにも彼はそういった色恋沙汰に対して鈍い。恐らくは、自分に寄せられる好意など、もっと分かっていないのだろう。
今日もこうして誘いをかけてくれるメイルの好意も、勿論分かっていないに違いない。
「うん、いいよ!」
「ほんと? 実はねぇ、この間見つけたぬいぐるみがあってねっ……」
快く了承した熱斗に、メイルが嬉しそうにこれからの予定について話していく。
それにも積極的に耳を傾けている熱斗ではあるが……
『……分かってないんだろうなぁ、熱斗くん……』
ロックマンは、思わず苦笑してしまう。
熱斗とて、メイルに対してほのかに好意は抱いているのだろうとは思うのだが。
小学生にして並み居る大人達に負けないネットバトルの腕を持ち、今やネットセイバーでもある熱斗だが、こうした情緒というものにかけては、並の小学生以下かもしれない。
―――そう。
だからこそ、あんな男につけこまれたりするのだ。
メイルと雑談を続ける熱斗の手に握られたPETの中で、ロックマンはひそかに拳を握り締める。
彼の脳裏には一人の人物―――。
その人物を思い描くと、どうしても苦々しい思いがロックマンを支配する。
件の人物は、熱斗が人に懐きやすく記憶力もあまりよろしくなく気持ちの切り替えの早いのをいいことに、最初の頃のこちらを馬鹿にしきった態度を遠いお空の彼方へと放り投げて、平然と親友面をしているのだ。
それだけならまだいい。
二人で潜り抜けてきた戦いを思えば、それを通じて友情が芽生えることもあるだろう。
だが―――その人物の態度というのがどうにも、気に食わないロックマンだった。
『メイルちゃんには頑張ってもらわなきゃ。でないと、熱斗くんは……』
そして、本日のメイルと熱斗の放課後デートを、なんとしても成功させてあげようと心に誓うのだった。
とある人物に対する危機感を抱きながら……。
一方―――
ロックマンが懸念する最大の危機は。
「…………」
IPC本社の副社長室にて、不機嫌な顔でモニタを睨んでいた。
小学生にして、世界有数の企業であるIPC社の副社長を務めるだけでなく、オフィシャルネットバトラーでもあり、熱斗と同じくネットセイバーとしても活躍している伊集院炎山。
彼こそが、ロックマンの抱く危機感の元である。
小学生の彼が座ると余計に大きさを感じさせるワークデスクの上には最新型のパソコンが置かれているが―――そのモニタが映し出しているものは、仕事に関するものではなかった。
故に、彼の不機嫌の原因も、仕事に関係しているわけではない。
『どうかなさいましたか、炎山さま』
モニタを軽く睨むようにしたまま、黙り込んでいる己のオペレータに向かって、炎山のナビであるブルースは遠慮がちに声をかける。
この後に己に下される命令は半ば以上に予想がついたが、何しろ彼は主に忠誠を誓い秘書役でさえこなす優秀なナビ。余計なことは口にしない。問い掛けたのは、主が決断を下し易いようにという気遣いからだった。
頬杖をつきモニタを睨む姿勢を崩さないまま、炎山はブルースの問いかけからやや間を空けて、ゆっくりと口を開く。
「ブルース。確か……過去のネットバトル世界大会の記録映像が届いたと言っていたな」
記憶を探るように視線をやや上方へ向けてはいたが、問うまでもなく事実として知っている顔だ。
『はい。2日程前に届いております』
だがブルースは優秀なので、余計なことは言わない。
「そうか」
主はそこで一度会話を止め、再びモニタに視線を注ぐ。
答えなどは本当にもう分かっているのだから、さっさとしてしまえ。なととは、ブルースは間違っても言わなければ、思ってもいない。優秀なナビである。きっと彼のナビを務められるのは、世界広しと言えども、このブルースだけだろう。
炎山が見つめるモニタ―――そこに映るのは、今現在の光熱斗の様子。
そう。
彼の主、伊集院炎山は――――リアルタイムで光熱斗を観察しているのだった。
だがまぁ。何しろ彼はIPC副社長にしてオフィシャルネットバトラーでありネットセイバーでもある多忙の身。24時間常に観察しているわけではない。
仕事が立て込み、なかなか自由な時間が取れない時、こうして僅かな休憩時間中に心を慰める為に見ている程度ではあるのだが。
―――見られている本人が知ったなら、間違いなく激怒されるに違いない。
「―――ブルース。熱斗にメールを届けてくれ」
その危険性……というかそもそもこの行為の危険性を考えているのか、いないのか。炎山は淡々とブルースに告げた。
『はっ』
そしてまたブルースも、内容については特に詮索することもなく、短く了承の意を示す。
炎山が見つめるモニタの中では、熱斗がメイルと楽しそうにデパートの中を歩いている姿が映されていた――――。
メールの着信に気づいた時、ロックマンは彼らしくもなく盛大に顔をしかめたくなってしまった。
差出人など、わざわざ確かめるまでもない。
何故なら、ここまで熱斗宛のメールを届けに来たのが、ブルースなのだから。
今現在、熱斗はメイルと楽しくショッピング中である。
些か情緒に欠ける熱斗なので、
「これ、可愛いと思わない?」
と水を向けられて、素直に「かわいいね」と返せばいいものを
「そうかなぁ? …あ、それよりさ、あっちのワニの方が……」
などと、相手の好みを考えずに言ってしまい
「もう、熱斗! そんなリアルな鱗がついてるの嫌よ私っ」
結局、怒鳴られるハメになっていたりはするのだが。
とりあえず、本人達は楽しくショッピングをしている―――筈だ。
熱斗の為にも、メイルの為にも、放課後デートを成功させてあげようと決意していたロックマンである。そして、メールの差出人は、彼が最も警戒していた人物からのもの。
ブルースの様子からして、緊急性はないと判断できるので、今すぐ開封する必要はないだろう。差出人が誰かを思えば、むしろ受取拒否をしたいくらいだった。
だが、そういうわけにもいかない。
ネットナビとしての使命ということもあるし、早く知らせてあげた方が熱斗も喜ぶだろうという少しばかり腹立たしい予想の為でもあるが、何より。
『ぼくに、ブルースを追い返せるわけないよね……』
ため息と共に、苦笑を浮かべてしまうロックマン。
熱斗にとって―――憎らしいことではあるけれど―――炎山が何者にも代え難い戦友であるように。ロックマンにとっても、ブルースは代え難い戦友で、大事な人だった。
きっと、憎いあの相手はそれをわかっていて、わざわざブルースに直接届けさせているのだろうけれど。
術中と分かっていても、ロックマンにはブルースを追い返すことなど出来はしない。
何しろ、ブルースの主は多忙で。ということは、ブルースも同じく……ともすると、それ以上に多忙なのだから。
ここのところ炎山の仕事が忙しかったらしく、熱斗は炎山と会っていない。当然、ロックマンもブルースに会っていないのだ。
諦め半分嬉しさ半分で、ロックマンはブルースを招き入れる。
「久しぶりだな、ロックマン」
久しぶりに会うブルースは、相変わらず顔半分を覆うバイザーのせいで表情は読みにくかったけれども、口元に微かに笑みが浮かんでいるのが見てとれた。
それに、自然とロックマンの口元も綻ぶ。
「久しぶり、ブルース」
主第一、お役目第一といった印象の強いブルースが、用件よりも先に自分に対してだけの言葉をかけてくれた。それだけで、なんとなく嬉しくなってしまう。
仕方ないから、メールを受け取ったらすぐに熱斗くんに教えてあげようかな。と思う程度には、炎山に対しても心が広くなれそうな気分だ。
「炎山さまから、メールを預かってきた」
ブルースから手渡されたメールも、素直に受け取っておく。
「ご苦労さま。……忙しいみたいだね、炎山くん」
「あぁ。最近では、開発にも関わっておられるからな。……熱斗を見るのが、唯一の休憩といったところだ」
「え?」
反射的に聞き返してから、ロックマンは今のブルースの発言をもう一度よく思い出してみた。
見れば、ブルースも「しまった」という顔をしている。
いま、ブルースは、なんと、言った……?
じゃこん。
ロックマンの手に、基本装備であるロックバスターが出現する。
それがロック・オンを完了する前に、ブルースは慌しく去ろうとした。
「そ、それでは用件は伝えた。……俺は戻らせてもらう…!」
「待ってよ、ブルース。いま、なんて言った?」
にっこりと、普段ならば朗らかな笑みに見える筈だが、今はなんだか空恐ろしく感じられる笑みを浮かべたロックマンは出て行こうとするブルースに照準を合わせて問い掛ける。
「熱斗くんを見るって……炎山くん、何見てるのかな?」
にこにこと、問うよりは尋問の色合いが濃い気がする様子でロックバスターを構えるロックマンの脳裏には、随分と前から抱いていた疑問が浮上していた。
二人しかいない、小学生オフィシャルネットバトラーにしてネットセイバー。共に様々な任務や危機を乗り切ってきた二人がライバルを超えて親友と呼べる間柄になるのは、当然といえば当然だ。それに対しては、ロックマンとて反対するわけではない。
ただ伊集院炎山の、熱斗に対する態度や言動が……どうにも親友で留まっていないような気がした為に、警戒してしまうだけで。
そう。たとえば、こうして熱斗に届くメールや緊急コールとか。
炎山から熱斗にメールが来ることは珍しいことではないし、メールそのものは問題ではない。
問題なのは……そのタイミングだ。
まさに今日のような状態で届くことが多いことを、ロックマンは訝っていたのである。
熱斗がメイルや他の誰かと遊びに出かけている時や、出かけるかどうか迷っている時などに、狙いすましたかのように届くのだ。―――まるで、他者と熱斗が遊ぶのを邪魔するかの如く。
「前々から、怪しいとは思ってたんだ。いつもいつも、《どこかで見てたんじゃ》って言いたくなるようなタイミングで来るんだもの」
にこにこと、ロックマンの笑みが深まるにつれて、ロックバスターへのエネルギーも充填されていく。
「教えてくれるよね、ブルース?」
このような危機的状況でなければ、見蕩れてしまうような笑みだったが、ブルースは持てる理性を総動員して恐怖とトキメキを押さえ込む。
主の秘密を知られるわけにはいかない……!
己の不用意な発言が招いた事態への罪悪感も伴って、ブルースは悲壮な決意を固めていた。
「すまない、ロックマン……!」
基本装備とは言え、今のロックマンと戦うのは恐ろしくて出来ない。背後に渦巻いているオーラが違う。殺る気満々である。
ブルースは苦渋に顔を歪めながらも、慎重に……けれど素早く熱斗のPETエリアから離脱した。
「待て、ブルース!」
背後から聞こえたロックマンの声が胸をついたが、それでも振り返ることなくブルースは主の下へと急ぐ。
例えロックマンに脅されても、アレだけは言えるわけがなかった。
主が、光熱斗を衛星監視し続けているなどとは……。
「申し訳ありません、炎山さま……」
あと少しで主の秘密が暴かれるところだったことに、ブルースはひそかに謝罪する。
もしもブルースが人間だったなら、ロックマンと炎山との板ばさみで、胃潰瘍にでもなっていたことだろう。
優秀なナビの苦労は、果てることを知らない。
そしてロックマンは結局、炎山からのメールをどうしたかと言えば―――
ちゃんと、間を置かずにメイルとのショッピング中に知らせてやった。
心の中で、メイルに侘びながら。
内容をざっと検分してみたところ、熱斗が見たいと騒いでいた、過去のネットバトル世界大会の記録映像が手に入ったから、見に来ないかというものだったからだ。
見たいと駄々をこねていた熱斗の様子を知っているだけに、後回しにしたら機嫌を損ねそうだと判断したのである。
しつけには厳しいものの、結局のところロックマンは熱斗に甘い。
炎山ともしばらく会っていないし、ビデオのことも合わせて知らせれば喜ぶだろうと思えば、炎山へ嫌がらせする気も弱くなる。
―――熱斗監視疑惑は、改めて追及せねばならないと、恐ろしい程に固く決意していたが。
「おぉ~っ、マジかよ! やったー!」
そしてメールを読んだ熱斗は、予想通りに飛びあがって喜びんだ。その横でメイルは呆れ顔でため息をついている。
「ほんとにもう、ネットバトルのことばっかり」
拗ねたような口調ではあるが、本気で怒っている様子ではないことに、ロックマンはホッとした。
熱斗も、メールを読むにしてもせめて一緒にいる女の子に気を使って喜べばいいのに、とは思うが、まぁ何しろ彼は光熱斗。そういった心遣いを学ぶのは、大分先の話になりそうである。
「だってさ、ノーカット版なんて、普通見れないんだぜ?」
まだ見ぬビデオへの期待と興奮に目を輝かせて語る熱斗を見るメイルの目は、好意的だが少し寂しそうで、そして羨ましそうだ。
「はいはい。……で、いつ見に行くの? 炎山くん、忙しいんでしょ?」
「うん。今日行ってくる」
その答えに、まずメイルが目を丸くして、ついでPETの中のロックマンも同じように目を丸くする。
メールの中に、特に日時の指定はなかった。
見たくなったら、連絡をしろ。とだけ、書いてあったのだが。
「今日?」
「うん」
「いつ頃?」
「今から!」
「今から!?」
驚きに見開かれていただけのメイルの目が、徐々に釣りあがっていく。
「ちょっと、熱斗? 私との買い物はっ?」
「え。終わったんじゃないの?」
熱斗の視線が、メイルの手にするデパートの紙袋に注がれる。
確かに、熱斗を誘うきっかけとなったぬいぐるみは既に買った。だが、その後もデパートの中を二人で色々眺めながら歩いていたし、メイルからすれば、むしろそちらが本題である。
「それはそうだけど……っ」
「まだ何か買うものあった?」
「………っ」
そういう問題ではない。
だが、何しろ相手は光熱斗。
そういったことにはとんと疎い、困った小学生だ。
メイルの仄かな乙女心など、全然、全く、これっぽっちも理解していない。
「買い物なら、また付き合うって! じゃあメイルちゃん、また明日なっ」
挙句、一人で納得して、さっさと走りだして行ってしまう。
よっぽど楽しみなのだろう。
「~~~くぁ~っ、楽しみー!」
走り出しながら、拳を握りしめて叫んでいるので、それはメイルにも良くわかった。
分かったが。
それにしたって、酷すぎる。
「もうっ、熱斗のバカー!!」
遠ざかっていくご機嫌な熱斗の背中に、メイルは力いっぱい叫んでいた。
『熱斗くん、今のはマズイよ……』
これから見られるだろうビデオについて、色々と話そうとPETを開いた熱斗に、ロックマンはがっくりと肩を落として告げる。
喜ぶ熱斗が見たくてしたことではあるが……ここまで来ると、さすがにメイルに申し訳なくてならない。
が、しかし。
「え、何が?」
―――当の熱斗は、本当に、全然、全く、気づいていない。
これで嫌われないのだから、天然恐るべしである。
ある意味、人徳と言えるのかもしれないが。
きょとんとPETを覗き込んでくる熱斗に、深いため息をこぼすロックマン。
熱斗と付き合う人は物凄く大変だろうなと、未来の熱斗の恋人に今から同情してしまう。
この著しく恋愛方面の情緒に疎いパートナーと恋人になろうと思ったら、恐らくは相当の強引さと直球さ、それに加えてさり気ないフォローが必要になるだろう。
熱斗はまだ小学生の上にこの鈍さだから、暫くそんな心配は無用なのだろうけれど……。
いつかそんな人が現れたら、良き相談相手になってあげなくては。
あまりにも天然に鈍すぎるオペレータをPETの中から見つめながら、そんなナビらしからぬ心遣いを誓うロックマンだった。
ただしその誓いには『伊集院炎山を抜かす』という但し書きがついていることは、言うまでもない。
メイルと別れた後、熱斗はロックマンと話す合間に炎山へメールを送っておいた。
今から行くと決めたはいいが、どこへ行けばいいかが分からなかったので。
炎山は、小学生とネットセイバーを掛け持ちする自分以上に忙しいことは、熱斗にも良く分かっている。
ビデオ見たさについ先走ってしまったが、ひょっとしたら炎山の都合がつかないかもしれない。
なにしろメールを見るなり飛び出してきたわけだから、多忙な炎山でなくとも無理だと言われる確率は高いということを、ロックマンに言われて思い至る。
そこで歩調を少しばかり緩めて、まずはメールを送ったのだった。
幸いすぐに返信があり、構わないとのことだったので、いつものインラインスケートでIPC本社へと向かう。
「そういえば、炎山と会うのも久々だなぁ~」
とにかく炎山は忙しい。小学生とは思えない多忙さだ。IPC社の副社長業に、ネットセイバーとしての任務。それ以外でも、自分の体を鍛えたりネットバトルの訓練も欠かさないと言う。
ネット犯罪が急増している為かネットセイバーの出動は頻繁で、熱斗でさえ忙しさに辟易する時があるのだから、それ以上のことを日常的にこなす彼が遊ぶ時間など取れなくて当然なのかもしれない。
熱斗が最後に炎山に会ったのだとて、ネットセイバーの任務で出動した時だ。通常のウィルスや犯罪者ではなくダークロイド相手だった為に、二人で任務についたのだ。
だがここのところはダークロイド絡み以外の事件が多発しており、ずっとバラバラの任務ばかり。おかげで、まったく炎山に会えなかった。
そこまで考えてから、熱斗は実際にぶんぶんと首を振って、自分の思考を否定する。
(……べ、別に、会いたいわけじゃないけどさっ)
特に用があるわけでもないし、会わなければならない相手でもない。そもそも出会った当初は、嫌いに近い感情を持っていたのだ。会いたいと思う理由などない。ないのだけれど……
(最後に会ってから……いち、にの……3週間、か?)
そうやって指折り数えてみれば、なんということのない数字が弾き出されてくる。
3週間。ともしたら、たった、と言えるかもしれない時間。
熱斗の父親はその職業柄、長く家に帰らないことも多い。今は科学省に常勤しているからまだその間隔は短くなった方で、以前は数ヶ月単位で家を留守にしていた。
それを思えば、大したことのない時間だろう。
だが、それでもその時間を長く感じる。
《行くぞ、熱斗…!》
同級生や自分に比べれば随分と表情の動きがない顔を思い出せば、何故だか口元が綻んだ。
大人の前では特にあまり表情を動かさない彼だが、バトル中や自分の前では色んな顔を見せてくれる。それを嬉しいと思い始めたのはいつだっただろう。
確かに最初は嫌いに近い感情を持っていたかもしれない。けれど、今では嫌いだなどとは欠片も思っていないし、その逆だ。
たった二人きりの、小学生オフィシャルネットバトラー。その連帯感というだけではなくて。今まで共に戦ってきたり過ごしてきた時間が、炎山への無条件の信頼を作り上げた。
会っていない時間を長く感じるのは、そのせいかもしれない。
ネットバトルの時は、大切な親友でパートナーでもあるロックマンが必ず一緒にいる。
けれど最近では……炎山とブルースも、一緒だ。
いつの間にか、当たり前のように思っていたのかもしれなかった。
会いたいと、そういうわけではなかったのだけれども。
手に入れてくれたビデオを見たいという気持ちも、勿論のこと強いのだけれども。
こうして走っている足は浮かれているように軽いのに、もっと早くと気が急いてしまうのは、隣の空間がどことなく寂しいと感じているからなのかもしれなかった。
とはいえ、何しろ彼は光熱斗。
指定されたIPC本社副社長用の仮眠室に辿り着いた時こそ、
「ひっさりぶり~炎山! 元気だったか?」
などと嬉しげに炎山に纏わりついていた熱斗だったが、お目当てのビデオを出されるなり、意識は完全にそちらへと飛んでしまった様子。
今現在、熱斗は大型モニタに映し出される映像に目を輝かせて拳を握り締め、見入っている。
「おぉおお、すげぇ~! 今の見たか、炎山!?」
興奮しながらも、そうやって感想を求めている間は、まだいい。
だがしかし、時が経つにつれ熱斗の興奮度も上がっていき……
「よっし、行けぇええ、そこだ!!」
録画映像にも関わらず、拳を振り上げ、足までソファの上に乗り上げて入り込んでしまうに至っては、いかな伊集院炎山と言えども、打つ手なしだ。
こっそりと溜息をこぼしながら秘書の入れてくれた紅茶を飲み、久しぶりに会えた親友兼想い人の姿を眺めるのみである。
映像を見始めたらこうなることは予想していたので、大したショックはない。
ここまで喜ばれれば、悪い気がしないこともないのだし。
そもそもの原因はと言えば、
「なぁ、炎山。……手に入らないかな?」
と、上目遣いにお願いされて断りきれなかった己の不甲斐なさでもあるわけで。
だが、想い人にそんな上目遣いの大きな目でじっと見つめられてねだられて、よろめかない男がいるわけがない。いくら小学生らしからぬ小学生・伊集院炎山とは言え、彼も人の子。いやむしろ今は恋の奴隷。
だからこそ熱斗に悪気もその気も全くない、無意識の行動なのは百も承知の上で、こうして願いを叶えてやっているのである。
少しばかり落ち込みたい気分なのも本当だが、久しぶりに会えたこともあり、心底から楽しんでいる姿を見れて嬉しいと思う気持ちも本当だった。
真剣にモニタを見つめ、身を乗り出し、体まで動かしてはしゃぐ熱斗を見れば、自然と笑みも浮かんでくる。
そんな子供っぽく単純なところも可愛いとしか思えないのだから、己の病は相当に末期だろうと炎山は胸中で自嘲した。
ふと時計を見れば、時刻は午後6時50分。
遅くなると親には連絡したらしいし、いざとなれば車で送らせるので問題はない。
だが、熱斗の様子だとビデオを全て見るまで帰らないかもしれない。
それにそろそろ、夕飯の時間だ。
炎山はその多忙さもあって夕食も不規則だが、光家の夕食は健全で早めである。確か午後7時には夕飯だったことを思い出して、炎山はソファから立ち上がる。
そして少し離れた場所でPETを開くと、秘書に食事の手配を頼み、ブルースには光家へのメールを託した。
明日は土曜日で、熱斗の学校は休み。
おまけに熱斗はビデオを全て見終わるまで帰りそうもない。
とくれば、宿泊の可能性を早めに家へ伝えておいた方がいいだろう。
そう思ってのことである。
伊達に熱斗を衛星監視しているわけではない。
熱斗の普段のスケジュールや行動パターンは全て炎山の頭に叩き込まれていた。
おまけに、熱斗の親に対するフォローも忘れない。
伊集院炎山―――多忙な割りに、光熱斗の為にはあらゆる労力を惜しまない男である。
それも、激しく無駄なレベルにまで。
だが炎山はそれを労力と思っていなかった。でなければ、衛星監視などできないだろう。
例え諸々の手間がかかったとしても、こうして熱斗に一緒に過ごすだけで、そんな労力は全て帳消しになって余りあるのだ。
手配を整えた炎山は、ビデオに夢中になっている熱斗に視線をやって微笑すると、今度は自分で熱斗の着替えを用意し始めた。
一方。
光家へのメールを頼まれたブルースは……インターネットを、ロックマンと共に走っていた。
ブルースが光家へ行くのに気づいたロックマンが、熱斗に断りを入れて一緒に行くことにしたのである。
もっとも、熱斗は随分とビデオに熱中していたので、ロックマンが出かけたことを覚えているかどうかは疑問だが。
そして今、ブルースは。
最大の危機に、直面していた。
「さ、ブルース。―――教えてくれるよね?」
並んで走りながら、にっこり笑顔でロックマンに迫られているのだ。……先程の件について白状しろと。
ブルースにとっての和みであり癒しであるロックマンの笑顔だが……今ばかり…というか今回も…というか……まぁともかく今は、ブルースを追い詰めるものになっている。
「…………」
冷や汗をかくような気分で、懸命にブルースは沈黙を保ち続けるが、それもいつまでもつことか。
自分のオペレータを大事に思わないナビはいない。オペレータの危機となればナビはみな血相を変えるものだが―――それにしてもロックマンは、熱斗に対して非常に過保護だ。勿論、ただ甘やかすだけではなく、時には厳しくしているわけだが―――それにしても過保護であることは否定できない。
その熱斗が関わることだけに、ロックマンが途中で追求の手を諦めることはないだろう。
しかし、オペレータ思いにかけてはブルースとて負けていない。
炎山を尊敬し、炎山を誇りに想い、炎山に忠誠を誓っている。
その尊敬と誇りと忠誠にかけて、主の秘密をそうそう他人に明かすことはできないのだった。
(それに、このことが知れれば炎山さまは―――)
ロックマンによって、どれほど恐ろしい被害を被ることか―――。
勿論、直接手を下すことは出来ないだろうが―――ロックマンなら、IPCのデータを改ざんすることくらい容易いだろう。
それにクロスフュージョン時、少しばかり主導権をとってどさくさ紛れに炎山をロックバスターで撃ってしまうかもしれない。考えてみれば、今は直接手を下す手段が存在してしまっている。
想像するだけで、恐ろしい事態だ。
決して口を割るまいと決意を新たにしたブルースだったが、しかしロックマンはいつもブルースの予想の斜め上を行く。
「……いいけどね。君が否定せずに黙ったままってことは、肯定してるのと同じだし」
隠し事や強がりは言えても、つこうと思って嘘のつけないナビ・ブルース。
彼の性格は、とっくのとうにロックマンにバレているようだ。
ブルースはだらだらと冷や汗が垂れるような気分になる。
人間だったら、間違いなく胃に穴が開いたことだろう。
こちらを見つめてくるロックマンの視線はきつく、眇めるような目は普段からは想像も付かないプレッシャーをブルースに与えた。
普段は温厚で温和なロックマンだが、熱斗の危機や不利になるようなことには、恐ろしい程の豹変を見せる。元の顔が可愛らしい分だけ、それは相手に空恐ろしさを与えた。
ブルースとて例外ではない。
この相手を今更侮るつもりも毛頭ない。ないからこそ、恐ろしい。ロックマンの恐ろしさは、それこそ骨身に染みているのだから。
恐怖と忠誠心の間で板ばさみのブルースはひたすら耐えて沈黙を守るしかなかった。。
「それで? 何を使ってるのかな? ……盗聴器も隠しカメラもないよね。あったら僕が気づいてるもの」
答えられるわけがない。
まさか衛星を使って監視……いやいやのぞk……いやいや。……まぁ、ともかく。光熱斗を見ているとは。
「…………」
にこにこにこにこ。
ロックマンは笑顔に戻ってブルースにじわりじわりと近寄ってくる。同じだけじわりじわりと逃げるが、その分だけ距離を詰められるのだから、意味はない。
「ブルース♪」
跳ねるように名を呼ばれて、足が止まる。
陽気な声が、ブルースにとっては最後通告のように響いた。
助けなど望むべくもなく、ブルースは絶体絶命のピンチ。
次にロックマンから出てくる言葉はどんなものなのか。
予想がつかなくはない。あまり当たって欲しくは無いが。
今までの経験上、ここから先はほぼ50%の確率でどちらかに分かれる。他はない。
矛先が炎山にいくか、ブルースにいくか。
炎山にいった場合、間違いなく攻撃的だ。間接的だが絶大なダメージを炎山に与えそうなことばかり、ロックマンは思いついてくれる。―――それはまぁ、光熱斗という伊集院炎山の唯一にして最大の弱味を彼が握っているからなのだろうが。
そしてブルースに来た場合、それは―――
「今度、デートしようね?」
こういった、内容になる。
被害という被害はないのだが。
そしてブルースも心底それが嫌なわけでは勿論ないのだが。
なにしろブルースは忠義者なので、休暇というものに慣れない。頭が仕事から離れないのだ。
くだけた態度というものを取ることも出来ないので、何度かロックマンと《デート》はしたものの、どうしていいかが未だに分からない。
そのせいか、嫌ではないが、聊か苦手である、というイメージがついてしまった。
下手に気負うのも原因なのかもしれない。
せっかくロックマンが楽しみにしている《デート》というもの。それもナビとしての仕事を休んでまでするのだ。どうしたって、楽しませたいと思う。喜んで欲しいと思う。
問題は―――その心意気と努力と実行力とが微妙にズレ、挙句にブルース自身の価値観がやはり微妙にズレていることだろうか。
「…………」
今までの《デート》における己の失態を思い出し、思わずあとずさってしまうブルースに、ロックマンは変わらない微笑みを注ぎ、ウキウキとした様子で語っていく。
「大丈夫、炎山には僕から話をつけとくから。今度はどこに行こうか? ブルースも考えといてね!」
次々にあれこれと計画をたてていくロックマンを半ば呆然と見つめながら、ブルースはもう一度、小声で呟いておいた。遠くへ視線を投げやりながら。
「……申し訳ありません、炎山さま……」
「熱斗。……熱斗、起きろ。そんなところで寝たら風邪をひくぞ」
興奮し、暴れながらビデオを見ていたせいだろうか。全てのビデオを見終わる前にうつらうつらし始めた熱斗に気づいた炎山は、その肩を軽く揺すって覚醒を促す。
寝かせてやりたいのは山々だが、さすがにソファで寝かせるわけにはいかない。
もうだいぶ前から眠そうではあったのだ。
その時も寝るように言いはしたのだが、まだ見るのだと言って、熱斗は頑として聞き入れなかった。変なところで頑固なのである。
叱り付ければ良かったのかもしれないが、拗ねたような顔で
「久しぶりに炎山に会えたのに、勿体無いじゃんか……」
などと言われてしまえば、強く言うことも出来なかった。
現金と言われようがなんだろうが、そんな態度と言葉だけで舞い上がれそうな気分になるのは恋する男の弱味で特権なのだから仕方がないだろう。
どうせ起きていたって、炎山よりもビデオに夢中になっているのは百も承知だけれども。
「おい、熱斗。聞いてるのか?」
そしてまたこうして炎山を置いて一人で眠ってしまったとしても、責める気持ちなど沸いてこないのだから、全くもって惚れた弱みというものは恐ろしい。
「……んー……?」
寝惚けた様子で目をこするという仕草ひとつでときめき度が振り切れそうになってしまったりもするのだから、尚更に。
「風邪をひくぞ、と言ったんだ」
だがそんなときめきは出来る限り顔に出ぬよう努め、表向きは呆れきったように装って、ねぼけている熱斗の頬をぺちぺちと何度か叩いてやった。
心の中で『このほっぺたをむにむにしたい』と思っていたなんてことも、欠片たりとて顔には出さない。完璧である。
「んー……」
しかし返る答えはまるで寝言のように不明瞭なものだけ。
炎山はこのまま押し倒してしまいたい衝動を堪えながら、まだ目を覚まさない熱斗の手をひいて半ば無理矢理に立たせてやった。
「ほら、ちゃんとベッドで休め」
IPC副社長室の横には、小学生のくせに労働基準法を無視して熱心に仕事をする副社長の為に仮眠室が設けてある。さほど広い部屋ではないが、一通り寝具は揃っているから、ソファで寝るよりは断然マシな筈だ。
なんとかそちらまで熱斗を連れて行こうとするが、熱斗を襲う眠気は随分と強固なものらしく、ちっとも目を覚まそうとしない。せめてのろのろとでも歩いてくれればいいのだが、どうも眠気のあまりに体に力が入っていないのか、立ち上がらせるなり、炎山の方へと凭れ掛かってきてしまう。
「………熱斗、おい熱斗?」
「……………」
重さによろけながら声をかけるが、返るのは今度は寝言ですらなく、寝息のみ。
意識のない人間の体というのは存外に重い。いくら熱斗が子供で身長も平均より低いとは言え、炎山とてまだ子供。熱斗の体を余裕で支えきれる程に体は発達していなかった。
さすがにここまで来ると可愛さ余って憎さ百倍な気分にもなるが―――平和そうな寝顔を見れば、怒りなど湧いてくる端から霧散してしまうというもの。
「……………」
炎山は深々と溜息をついて、凭れ掛かってくる熱斗を引きずり始めた。
無駄に広い副社長室から仮眠室までは、子供の足ではけっこうな距離がある。人を引きずっているとなれば尚更。
果てしなく遠く感じる距離を少しずつ進みながら、炎山は早く熱斗を余裕で姫抱きできるくらいに大きくなろうと心に誓った。
とりあえず、明日からは牛乳とにぼしを倍くらいにするよう、ブルースに伝えなければ。
いくら衛星監視をしようと姑息な手を使おうと、これでも純情一途に真面目に片思い中の身。
自らの努力だって怠らない、健気な男心をわかって欲しい。
凭れ掛かる重みに挫けそうになりながらも、これもまた試練、いつか何倍にもして返してもらおうと思い自分を鼓舞して、一歩ずつ炎山は仮眠室へ向かっていった。
#炎熱