No.16

ジュヴナイル|魔人学園剣風帖

過激に☆シャウトオブハァト
▽内容:京一のことが好きすぎてネジがとんでる系主人公のドタバタラブコメディの10作目。
                                                           




 それはとある日の夜―――。
「京一ぃいい!!」
 毎度と言えば毎度のことではあるのだが。
「大ッ好きだぁあああ!!」
 緋勇龍麻(18・高校三年生)は、大暴走していた。
 それまでは意外にも普通に京一とダラダラ遊んでいた龍麻だったのだが……。
 暑いといって京一が学ランを脱ぎ捨てたのがいけなかった。
 鍛えられて引き締まった体にピッタリとしたTシャツ。その上に現れた鎖骨の眩しいこと眩しいこと。おまけに一冊の雑誌を二人で顔を突き合わせるようにして読んでいたのだから、至近距離に見えるそれらに緋勇龍麻があっさり理性を手放して暴走モードになったとしても、誰も責められないだろう。
 ―――多分、恐らく、きっと。
 がばぁっ、と突如なんの前触れもなく押し倒された京一は当然のようにもがいた
「うわッ、何すんだひーちゃんッ!!」
 何の脈絡もなく押し倒されては、誰だって驚く。しかもシチュエーションもムードもへったくれもないこんな行動では、成功するはずもなかった。
 だが緋勇龍麻は止まらない。
 そんな常識的判断ができるなら、もとよりこんな暴挙にも出なければ、唐突に盛るほど追いつめられもしないだろう。
 暴れる京一の腕を押さえつけた緋勇龍麻の目は爛々と輝き、鼻息も荒い。はっきり言って相当ヤバかった。変態丸出しである。
「とにかくもう、辛抱たまらんッ。四の五の言わずにヤらせろ! ていうかもうお願いしますからヤらせて下さい!!」
 強気なんだか弱気なんだかさっぱりわからない発言であるが、本人は本気120%であり自分の言動と行動のおかしさにも当然ながら気づいていない。そもそも気づけるなら以下略。
 だがしかし。そこはそれ腐っても緋勇龍麻というか身に付いた習性というか。そのまま行動を続行する前に襲い来る木刀やらハリセンやらに身構えてしまうのはどうしようもないことでもあった。
「………?」
 だが、こない。
 確かに龍麻は両手で京一の両手を押さえつけているのだから、この状態で木刀が出てくるはずもないのだが……そういった理屈や常識を超えて木刀とハリセンはどこからか現れる。
 それがこない。
 いつもなら火事場のバカ力で緋勇龍麻を払いのけて天地無双をかましてくるはずの京一は、僅かな抵抗を見せつつも未だ緋勇龍麻に組み敷かれているのであった。
(何故だ!?)
 いつもがいつもなだけに疑問に思うのも仕方がないが、そこで疑問はひとまず置いておいて目の前の幸運に浸って突っ走れないあたり、相当に不幸なれしてしまっているというか、しょせんはツメの甘い男というか。哀れといえば、かなり哀れである。
 そして不審に思ってまじまじと自分の下にいる京一の顔を見れば、その頬は僅かに染められてそっぽを向いていた。信じられないことに、どう見ても恥じらう風情である。
(そんなバカな!!)
 もはや緋勇龍麻が愚かで哀れなのか、蓬莱寺京一に対して失敬なのか判別がつかない。
「……京一……。いいのか……?」
 この態勢でここまで来てこの態度で今更だが、それでも確認せずにはいられない小心者な緋勇龍麻(高三)。
 態勢や状況に反して、『まぁまず絶対無理だろうけどな!』という気分満載で恐る恐るかけた問いに、しかし京一は赤く染めた頬を逸らしたまま、ごく僅かに頷くことで答えたのだった。
(そんなバカな!!!!)
 もう一度、緋勇龍麻は胸の内で吠えた。
 ここまでくるともういっそ以下略。
「……ひーちゃんが、したいんなら……いいぜ……」
 ぽそりと、聞こえるか聞こえないかの音量で、それこそ消え入りそうに恥じらいつつ呟かれた台詞に……緋勇龍麻のある意味理性は弾け飛んだ。
「ふざけるなぁあああああ!!!」
 ……いや、弾け飛んだのは理性ではなく、緋勇龍麻の中(だけ)における常識だったのかもしれない。
 ご町内に響き渡りそうな大音声で吐かれた怒声と共に、緋勇龍麻は組み敷いていた蓬莱寺京一の胸ぐらを掴んでひきあげる。
 そして激しく揺さぶりながら、さらに魂の叫びをあげたのだった。
 ―――その両目に、滂沱の涙を流しながら。
「てめェこのヤロ正体現せェエエエ!! 京一が、俺の京一がッ! そんな嬉しいこと言ってくれるわけないだろーがぁああああああ! 半端に喜ばせやがってこのやろちくしょーべらんめいっ! 京一はなぁ! こういう時は絶対天地無双なんだよ! そんな可愛い顔して頷いてくれるわけないんだ! わかったかアホー!! 俺の純情を返せぇええええええええ!!!」
 もはや、訳がわからない。
 だが、訳がわからないのは緋勇龍麻ではなかった。
 ……いや、この場合、緋勇龍麻だけではなかったと言うべきか……。
「……ふ。まさか見破られるとはね……」
 阿呆極まりない龍麻の魂の叫びは、恐ろしいことにどうやら的を得ていたらしい。
 それまでおとなしく、されるがままになっていた蓬莱寺京一の顔にピキピキと皴が入っていったのである。
「なぬ!?」
 さすがの緋勇龍麻もこれには驚いて、数歩飛びすさった。
「君の目も、思ったより節穴ではなかった、ということかな」
 皴は見る間に走り、蓬莱寺京一の前面をちょうど縦半分に割るように入っていく。皴はやがて亀裂を増して、真っ二つに割れた。
「……き、貴様は……ッ!!」
 そして中から現れたのは……特に勿体ぶることもないだろう。
 そう。
 案の定、壬生紅葉だった―――。
「やぁ。こんばんわ龍麻」
 一体何で出来ているのか謎極まりないスーパーリアルな蓬莱寺京一の特殊メイク殻を割って現れた壬生紅葉は、ゆっくりと殻を脱ぎ捨ていつも通りの制服姿で礼儀正しく挨拶をする。
 この状況で、礼儀正しく、挨拶。
 なんとも言えず場違いな光景だった。
「こんばんわ、じゃないだろ……。壬生、貴様なんのつもりだ……」
 問い掛ける龍麻の声は弱々しかったが、身に纏う氣は強力に渦を巻き、瞳は不穏な光を発している。どうやらぬか喜びさせられたのが、相当腹に据えかねたらしい。全身から何もそこまでというほどの殺気が放たれている。
 ヤツは、本気だ。
「なんのつもりかと聞かれても困るな。……そう、僕は単に永遠に叶わぬ思いを持つ君を少しでも慰めようと思ってね……」
「嘘をつくなー!!」
 どかーん。
 容赦のない必殺技、秘拳・黄龍が飛ぶ。
 だがそこはそれ、非常識が僕の親友・壬生紅葉。氣の塊をサッカーボールよろしく受け止めてから蹴り返した。
「心外だな。ジェミニが僕のものになることが避けられない運命の流れである以上、涙を飲むことになる君に、せめて儚い夢を見させてあげようという僕の優しい心遣いを無にするつもりかい?」
「なんかもう色々ツッコミたいが全部却下ってことで面倒なのでともかく死ね」
 今までの経験上、壬生にいくらツッコミを入れようが無駄であることを龍麻は知っている。もはや言葉の通じない宇宙人と割り切って、滅ぼしてしまうしかないと思っていた。
「死……? 甘いね。死ぬなら君の方だよ、龍麻。僕の麗しのジェミニにあのような不埒な思いを抱く不貞の輩は滅びるべきだ」
「恋人を押し倒して何が悪い! 大体、貴様はどうなんだ!」
 状況やら何やら色々とまずかった筈だが、そんなことはどうやら緋勇龍麻の記憶には残っていないらしい。
「僕はジェミニを守る言わばナイト……。そのような不埒な思いを抱いたことはないよ」
「嘘つけこら。京一のあのやーらかそーな髪を撫でてみたいとか眩しい鎖骨を舐めてみたいとか拗ねてる唇にちゅーしてみてーとか短ランの隙間から手を入れて背中をなで回してみたいとか引き締まった腹筋に頬ずりしてみたいとか袴の隙間から手を入れて色々悪戯してみたいとか(中略)学ラン中途半端に脱がせて片足だけ抜いて立ったままやってみたいとか考えてるだろう貴様だって!!」
「……それは君だろう」
 他に返しようがない壬生紅葉だった。
 そして緋勇龍麻から返ってきた反応はと言えば、怒声とは違う魂からの叫びというか訴え。
「ああそうさ、やりたいさ。やりたいともさ。やりたくて何が悪い! 貴様に何がわかる俺の気持ちなど!! こんなに愛してるってのに、ヤらせてもらえない俺の気持ちなど、リリカルに乙女に夢見がちな貴様なんぞにわかってたまるかぁああああッ!!」
 男泣きに泣く緋勇龍麻に、さしもの壬生紅葉も言葉をなくす。
 いくら恋敵とは言え、先ほどまでの間抜けさも相まって、どうにもこうにも哀れに思えてくるのだった。
「……君も、苦労してるんだね……」
 そっと涙を拭う壬生。
「……ああ。まぁな……」
 そして二人の間に、ひそやかに友情が芽生えた!
「すまなかった、龍麻。君の純情を踏みにじるような真似をして……。君の例えようもないほど大きなジェミニへの愛に僕は感動した。……どうか、ジェミニと幸せになってくれ……」
「壬生……。お前、案外いいヤツだったんだな……」
 その時、半壊しかけた緋勇龍麻の部屋には、何故か夕日が赤く輝いていたという。
 そんなに簡単に意見を翻していいのかとか、そんな簡単に信じてしまっていいのかとか、そもそも背後の夕日は一体。……などというツッコミを入れてくれる常識的な人間はこの場にいない。
「龍麻、ホンモノのジェミニはその押し入れの中に居る。……君の思いが叶うことを、願っているよ……」
 そっと龍麻の手を握りしめて励ましの言葉を告げた壬生は、ここが二階であることも無視して―――むしろ重力すら無視して―――いつも通り窓ガラスを割り、そこからいずこかへと飛んでいった。
「ありがとう、壬生……」
 先ほどまでの怒りもどこへやら、壬生の後ろ姿を見送りながら感極まったように呟く龍麻の背景もまた夕暮れの砂浜である。
 こうして二人に新たな友情が芽生えた―――。
 恋敵という立場を超えて結ばれた尊き絆は、そう簡単に破れることはないだろう(多分)。
 まさに双龍と言える二人の友情があれば、怖いものなんて何もない。
 緋勇龍麻はどこからか聞こえる波の音(幻聴)に耳を傾けつつ、そう思った。
 確かに、非常識と不条理を体現させている二人が組めば怖い物などないのかもしれない。
 だが、そんな彼の背後――――押し入れで渦巻いている不穏な氣もまた怖くないのかと問いかけたなら……緋勇龍麻は一体なんと答えただろうか。





 気がつけば、周りは暗闇だった。
 しかもどうやら、ロープで後ろ手に縛られているらしい。さほどきつく縛られているわけではないようだったが、だからと言って驚かない訳も歓迎する訳もなかった。
 闇に目が慣れた頃に辺りを見回してみると、どうやらそこは龍麻の部屋の押し入れのようであった。うっすらと開いた隙間から、見覚えのあるベッドが目に入る。それに、襖なぞなんの防音効果もないような音量の龍麻の声がすぐそこから聞こえるのだから、ここが彼の部屋であることはすぐにわかった。
 そして、犯人も。
 今更驚くこともでもない。京一の心境からすれば、『またか……』というくらいのものである。肩を落としはしたものの、別段取り乱すことはしなかった。
 非常識は龍麻で大分慣れている上、ここのところ壬生の変人さにまで大分慣れてきてしまった京一である。不幸としかいいようがない。
 だがそんな京一も、壬生が正体を現すまでは気が気ではなかった。気がついた時には既に龍麻は文字通り京一の殻を被った壬生を押し倒した所だったのだからそれも仕方ない。
 どこのどいつだコノヤローとか、それは俺じゃねェだとか、気付けアホとか叫ぼうにも、猿轡をかまされていたためマトモに喋ることもできなかったのだ。言葉になっていない呻きならかなり出ていたはずだが、暴走を始めた龍麻の耳には届かなかったようである。
 京一はなんとか龍麻を止めてそれから自分の真似なんぞをしやがっている不埒者を殴り倒してやろうと必死にロープと猿轡をはずそうともがいた。
 だがそうしている間にも、外の声は耳に入ってくる。
 それを聞きながら京一は―――なんとも言えない気分になった。
 しかもようやく脱出を終える頃には龍麻と壬生が妙な友情を芽生えさせていたりするのだから、さらに複雑な気分になったとしても不思議はない。
 全ての気力を萎えさせるようなそれも、しかし根源的な怒りまでは消せなかったようで、ともかくも一撃食らわせてやらないことには収まらない。
 なげやりになる心を奮い立たせて、京一はなんだか浸っているらしい龍麻の目を覚ますべく、押し入れの襖を木刀で突き破って外へと出た。

「いつまでやってんだアホッ」
 勢いのまま、何故かある夕暮れの砂浜のカキワリをあっさりと壊す。波の音はもともと龍麻の幻聴なので消す必要もない。
「あ、あれ。京一!? 押し入れじゃなかったのか!?」
「自力で抜け出したんだよ!」
 あれが自分ではないと判っていたはずで、しかも行方まで聞いておきながら壬生との友情に浸っているとは悠長なことである。
 京一は証拠とばかりに必死になって木刀で切った白いロープをぐいと突き出す。
 親友だったり恋人だったりするならば、まず救出が先なはずではないだろうか。そんな辺りも恐らく京一の不機嫌の原因だったが、本人は恐らく絶対に認めまい。
「………ええと……。ハハハハハ………」
 龍麻もたらりと冷や汗を流す。
 それは果たして、すっかり存在を忘れていたせいなのか、今までの醜態としか言えない様を残らず聞かれていたせいなのか、判別がつかない。恐らく両方だろうが。
 京一は憮然とした表情で腕を組み、そんな龍麻を睨みつけた。
「おい」
「……ハイ」
 だが、文句の一つや二つや三つや百くらい言ってやろうと声をかければ、たちまち縮こまってその場に正座してしまった龍麻を見て、そんな気力すら奪われてしまう。これではまるで、沙汰を待つ下手人か何かのようだ。
 怒ったような、拗ねたような、困ったような顔で眉根を寄せて、京一は唸る。
 果たして、どうしたものか。
 自分で自分の感情を掴めない。
 もっと早く気付けとか、気づいたならまずホンモノの心配をしろとか、早く助けろとか、そもそも突然あんなワケの判らないところで盛ってるんじゃねェとか、いつもお前そんなこと考えてやがったのかとか、怒る気持ちも確かにあり。どさくさ紛れに吐かれた自分に対する偏見というか事実というかに反発する気持ちもあり。変人極まりなく京一にとっては迷惑でしかない壬生とあっさり友情を結んでしまったことに対しての憤りもあり。そしてまた、そんな男泣きに泣いて魂からの叫びをあげるほどだったのか、という呆れというか哀れみというか、申し訳なさもほんの少し混じる、なんとも言いがたい思いもあったりするのだから、掴みようがなかった。
「俺の言いたいことは、わかってんだろうな」
「……ハイ」
 そこへきて、龍麻のこの下手人というか先生に叱られる小学生のような態度。
 思わず、溜め息も漏れるだろう。
「まるで俺が極悪人みてーじゃねぇか」
 自分は全く悪くないはずで、それどころか縛られて狭苦しい押し入れなんぞに閉じこめられていたというのに。龍麻の魂の叫びにしたって、実のところぶち壊しにしているのは大概、彼本人である。
 悪いのは、間違いなく京一ではなく緋勇龍麻であるはずなのに。
 あの言葉の通じない宇宙人のような変人・壬生紅葉が哀れに思って味方になるくらい、自分の龍麻への対応は酷かっただろうか。京一は思わず首を傾げずにいられない。
 京一が龍麻を邪険に扱うのは、龍麻が妙な行動ばかりをするからであって、別に恨みがあるわけでも嫌いなわけでもない。好意は持っているものの過度な好意かというとそれは客観的に見ている限り疑問を挟まずにはいられないのだが……。また、本人も真っ向から聞いたなら即座に、何もそこまでというほどに否定するのだろうが。それなりの態度で、それなりに節操やら節度やらを持って接した場合、そうでもないらしい。
「おい」
「……なんでしょう」
「………」
 だというのに、コレだ。
 京一は未だ正座をして身を固くしている龍麻に視線を落とし、考える。
 やはり本心というものは、多少なりともきちんと分かりやすく示してやらなければならないのだろうか。
「……まぁ、その。なんだ」
 少し視線が泳いでしまうのは、仕方がない。
「アレが俺じゃねェって気づいたのは、とりあえず褒めてやる」
 気づいた理由とかはかなり、大分気になるところではあるけれども。まぁ大目に見てやることにする。
「お前の気持ちも、大体わかったから」
 判ってやるのはだいぶ複雑だったりすることも、とりあえず目を伏せておいてやることにした。
 しかし何を分かられたと思ったのか、龍麻はダラダラと滝のように冷や汗を流している。そこまで萎縮している姿はもう、哀れとしかいいようがない。普段は人の迷惑も省みず強引極まりないくせに、こうして時々変に臆病で小心者なのだこの男は。
 京一は、そんな哀れな臆病で小心者な男の頭にポン、と手をのせて落ち着けと促した。
「もう、ぶっ叩いたりしねーからさ。……あー。なんだ。つまり」
 そうしながらも、なんと言っていいものやら悩み、またも視線が泳いでしまう。
 上手く言葉にできない自分へのもどかしさやら何やらが、また龍麻への八つ当たりへ向かってしまいそうになるのをなんとか押さえながらの言葉探しは、なかなかに大変な作業だった。
「その。逃げねェから」
 少し、手のひらの下にある頭から緊張が解けたのに押されて、続ける。
「あんま、情けねェこと言うなよな……」
 そうさせている原因の大元が自分であることは、一応承知の上だったが。
 あの嘆き様は、当の京一ですら哀れになってしまったほどで。
 ああもうコイツはホントになぁッ。などとぼやきつつも。
 変人で情けなく阿呆でバカだからとスッパリ切り捨ててしまえない部分が本当に困りもので。
 ここまできても口で言うほど嫌いになれない上に、なんだかんだ言って無視したり放っておいたりはできないのだ。
 だから、つまり、やはり。
 ―――そういったことなのだろう。
「ええと、京一さん。それってつまりええとその」
「お前、ここで確認しやがったら殴るぞ」
「ハイ。スミマセン……」
 叩かないと言った傍から殴ると言っている矛盾に気づいているのかいないのか。それとも叩くと殴るは違うと言い張るつもりなのか。ともかく情けなく恥ずかしい確認を取ることを止めさせた京一は、それでもイマイチ本当にいいのかどうか計りかねているらしい未だ正座の緋勇龍麻を無理矢理立たせると、その手をひっつかんで言った。
「とりあえず、場所変えるぞ」
「ああ、そうだな……」
 それら全てに対して、龍麻に否やがあるはずもなく。
 まったくなんだって俺がわざわざこんな引っ張ってやらなきゃなんねェんだちきしょう。などと憮然としてガツガツ歩く京一に引きずられながら。
 唐突に降って沸いた幸運だというのに、不幸になれきってしまったせいか実感が掴めず、嬉しいはずの緋勇龍麻の頭はと言えば、半壊した己のアパートに対しての明日からの生活の不安がひしめいていたりした。
 だがそれもまた、一瞬のことだろう。
 今はただ、せめて不幸慣れした彼がまたも己の失言によってこの好機を失わないことを祈るばかりである。




畳む

#主京 #ラブチェイス

back