No.13

ジュヴナイル|魔人学園剣風帖

インターバル・ラブチェイス
▽内容:京一のことが好きすぎてネジがとんでる系主人公のドタバタラブコメディの8作目。オリジナルモブキャラが何故かレギュラー化して出張ってきているのでご注意。
                                                           





「なにィッ!? 緋勇が重体!?」
 その日、真神学園に衝撃が走った。
「そんな……。どれほど酷い目に合わされても、血の池を作っても、笑って蓬莱寺先輩に躙り寄っていた緋勇先輩が……!」
「あの、毎日毎日、蓬莱寺に完膚無きまでにぶちのめされてた緋勇が、そんなバカな!」
「嘘でしょ……。最早人間とは思えないあの回復力とゴキブリ以上の生命力を持つ緋勇くんが、意識不明の重体なんて、あるわけないわ!」
「ヤツにそこまでの傷を負わせるられるのは、ガ○ダムぐらいじゃなかったのか!?」
 そう。真神学園の歩く災厄、蓬莱寺京一マニアにして地球の全てを蓬莱寺京一中心に回す男・緋勇龍麻は、なんと敵の黒幕である柳生宗崇の凶刃によって、意識不明の重体になってしまったのである。長時間をかけた手術はなんとか成功したものの、かろうじて一命をとりとめたに過ぎず、二日経った現在も休みなしの霊的治療が続けられている。そして未だ龍麻の意識が戻る気配はなく、危険な状態が続いていた。
 本人を見ていると全くもって信じられないが、うっかりと重い宿命を背負っていた龍麻。その全てが解き明かされた後の悲劇である。仲間たちの衝撃は大きかった。だが、事情を知らない筈の一般の生徒にまで、その衝撃は伝わったのであった。
 なにしろこの緋勇龍麻という男。生徒が叫んだ通りに、誰からも不死身のように思われていた。いや、むしろ人間とは認識を異にされていた節さえある。それもその筈。龍麻は連日のように、クラスメートにして親友にしてさらには相棒でもある蓬莱寺京一に対して、果敢を通り越して無謀というか、もはや自棄っぱちというか。ともかくも、ただひたすらに熱烈ラブアタックを敢行していた。そして毎回、必ずと言っていいほど、返り討ちにあっていたのである。これが単なる高校生ホモならばそれも問題なかったかもしれない。だが、相手は志を―――多分―――同じにする仲間であり、人外の力を使うことのできる者。しかも蓬莱寺京一は龍麻に次ぐ実力を持つ、完全なる攻撃型にして接近戦を主とする剣士。さらにはいつ敵に襲われるともしれない状況の中、常に持ち歩くのは、木刀は木刀でも、最強の名を冠する阿修羅。何故かそこらの日本刀よりよほど殺傷力のある不思議な一品である。当然、龍麻はボロボロになる。血も流す。真神学園内で、緋勇龍麻の血が流れない日はないとさえ言われるほどに、それは日常茶飯事であったのだ。
「あら、緋勇くんったらまた血の池に倒れてるわ」
「蓬莱寺くんとケンカしたのねー」
「相変わらず仲がいいよね♪」
 蓬莱寺京一が聞いたら激怒しそうな会話を聞くこともほぼ毎日。ああ、今日も鳥が空を飛んでいるなぁ。ぐらいに、当たり前の光景なのである。そして、そんな血の海をつくるほど連日コテンパンにやられてたとしても、すぐさま―――長くても1~2日で傷など奇麗さっぱりなくなり、何事もなかったかのように、またも蓬莱寺京一へ突進をしている緋勇龍麻というのも、真神学園においては当たり前の光景だった。
 普通の人間ならば何度死んでもおかしくない怪我をし続けていた緋勇龍麻が、よりにもよって怪我をして入院―――それも意識不明の重体で命も危ないとは―――真神学園の生徒にとって、まさに青天の霹靂、寝耳に水。それどころか、太陽が西から昇ってきたというほどの衝撃である。殆どの者は、まず信じなかった。カレンダーで今日が四月一日でないか確認した者も多数いる。信じて心配した者はほぼ皆無であり、嘘をつくなと笑い飛ばした者が大半を占めた。だが、沈痛な面持ちの醍醐や美里、小蒔等を見て、ようやく真実らしいことを知った彼らは、次に―――パニックに陥った。なにしろ、彼等からしたら、有り得ないことが起こったのだから。
「緋勇が怪我で重体なんて……。そんなバケモノがこの世にいたなんて……!」
「もう終りだーっ! この世は滅んでしまうんだー!!」
「蓬莱寺に何度も何度も殺されかけて死ななかったあいつが死ぬくらいだ……。俺たちなんて一瞬であの世行きだぞ!」
「あたし、あたし、まだ死にたくない~っ」
「もうこの世には神も仏もいないのかッ!?」
 世界的大災害が起こったかのような取り乱し様である。逆に、彼等を見た醍醐らが落ち着きを取り戻してしまうほどの取り乱し方だった。
 未曾有の大混乱に陥った真神学園。
 だが、その様を見て、遂にキレる者が一名――――。
「うるッせェエエエエッッッ!!」
 卓袱台返しをしかねない勢いで叫んだのは―――話題にだけは先程から上っている、蓬莱寺京一その人であった。
 校舎を揺るがしかねない大声に、皆叫ぶのをやめて押し黙り、突然立ち上がって叫んだ京一の方を呆然と見やる。
「グダグダうるせェんだよッ。あいつだって一応、人間なんだッ。傷つけりゃ怪我するだろ」
 恐らく、この世で最も多く緋勇龍麻に怪我を負わせた男の言葉だけあって、確かにそれは真実であった。しかし、確かに大怪我はするのだが、緋勇龍麻は死なない。あっという間に傷を治してしまう。非常識な回復力と気力でもって。
「そりゃそうだが。それにしたって、アノ緋勇が、死にかけてんだろ?」
「死んでねェッ!」
「どんな大怪我も一瞬で完治してた、顔にだけは死んでも傷を残さなかった緋勇くんが、二日も昏睡状態なんて、充分異常だわ!」
 世間一般の常識に照らし合わせて言うならば、どんな大怪我も一瞬にして完治する方がよっぽど異常ではあるのだが、一部の非常識な人物のせいで、この学園の常識は幾分ズレてしまっているらしい。
「――――」
 身をもって龍麻の異常さを知っている京一は、さすがに押し黙る。唇を噛みしめて、京一の手がいつもの太刀袋を握り締めた。
 教室を、重苦しい空気が支配する。
 いつもの嫌になるくらいハイテンションな雰囲気は、あの非常識な人間一人いないだけでこうも影を潜めるものなのか―――。皆が慣れないシリアス気味な雰囲気をどうにかして打破しようと各自悪戦苦闘していた時―――全てをぶち壊す勇者が一人、存在した。
「そんなに緋勇を心配するなんて……さすが蓬莱寺。世話女房だなッ!」
 場の雰囲気を弁えない男が、龍麻の他にもう一人。常に人の神経を逆なでするような、余計な一言ばかりを口にするクラスメートだった。
「…………チッ」
 ほぼ間をおかず、太刀袋に入ったままの木刀がクラスメートの頭部を直撃する。
「ゲグガァッ……!」
 皆が見守る中、慣れたように床に倒れ伏した男子生徒だったが、他のクラスメートは誰一人として駆け寄らない。何故なら、彼は緋勇龍麻と共に人間でない程に丈夫なアホの一人だったからだ。
「誰が心配なんかすっかよッ! どーせアイツのこったから、この機会に二日くらい意識不明にして心配かけようって魂胆だろ」
 自棄のように言い放った京一の台詞に、皆一様に手を叩いて納得する。
「成程、ヤツならやりかねん!」
「ううん、緋勇くんのことだもの……。『京一がキスしてくれなきゃ起きない』ぐらい言いかねないわ」
「さすが緋勇。転んでもただでは起きないな!」
 そんな理由で納得してしまう辺り、この学校……特にこのクラスは色々と何かを間違えてしまっているようだ。
 そして皆がようやく安堵して普段のざわめきを取り戻し始めると、それまで妙な流れのために置き去りにされていた美里が念を押すように微笑む。
「ええ、あの龍麻ですもの。京一くんが『起きたらデートしてやる』とでも言えば、きっとすぐに戻ってくるわ。―――例え死にかけていたって、龍麻ですもの。地獄の果てからだって、戻ってくるわね」
 聞きながら皆、実際に地獄の果てから戻ってくる龍麻というのを想像し――――ある者は笑い、ある者は怖れ、ある者は安堵する。誰もがその姿を安易に想像できてしまうという辺り、緋勇龍麻という人間の普段の行いが見えるというものだ。
「よし、そうとなったら蓬莱寺、さっそく緋勇の看病にいけ!」
「そうだよ。蓬莱寺が傍にいれば、緋勇くんの怪我の治りも絶対早いって♪」
「こうなったら、皆の精神安定のためにも、脅しても誘惑しても緋勇を起こしてこいよ、蓬莱寺!」
「大丈夫だ、蓬莱寺! コレを着て看病すればそれこそ閻魔大王すらなぎ倒して緋勇が舞い戻ってくること間違いなし☆」
 俄然活気づいて、皆が京一を応援したり強引に龍麻の看病へ行かせようとする中、先程京一の一撃によって退治されたはずの男子生徒がムクリと起き上がり、こめかみに青筋を浮かべあがらせ始めている京一に、紙袋を押し付ける。
 なんとも言えない予感が、その場にいた全員に走った。
 京一に詰め寄っていた生徒達は、自分の持ちうる全ての瞬発力を発揮してその場から飛びすさり、美里と醍醐と小蒔は額に手をあてて溜め息をもらし、そして最後に京一は―――満面にやり遂げた笑顔を浮かべる男子生徒の顔から紙袋の中へと視線を落として―――とりあえず、尋ねてみた。正直、聞きたくなど全くなかったが。
「……鈴木。今度はなんだ?」
 コレ、ではなく今度、と言う辺り、京一も慣れてしまっているらしい。クラスメート達の反応を見れば、よくあることだろうことも予想がついた。
「ミニの白いナース服に聴診器に尿瓶まで取り揃えた、スペシャル看護セットだ。これで緋勇も完全復活さ!!」

 ドガバキグシャドゴボグ。

 ―――――数秒後、真神学園3-Cには、屍がひとつでき上がった。






 某男子生徒のソレは別として。京一は結局、クラスメート達に強制的に持たされた様々な見舞いの品を持って、桜ケ丘病院を訪れていた。意識不明の重傷である人間に対して、見舞いなど意味を成さない上に、24時間集中治療中の病室にそんなものが持ち込める筈もないのだが、今更なので突っぱねることもしなかった。昨日さっそく仲間達が持ち込んだ多量の見舞いの品も、同じように行き場もなく開いている病室に押し込まれている。今日持たされた物も、新たにその山へ加わるだけだ。
 まずは既に物置のような様相を呈している病室へ、多量の見舞いの品が入った紙袋を適当に押し込めると、京一は普段ならば近寄りもしない岩山を探して、院内を歩く。相変わらず人気のあまりない病院だった。つい先日、龍麻がここに運び込まれた時の喧騒が嘘のように静かだ。
 あの夜の記憶は、殆ど残っていない。皆、似たようなものだろう。忙しなく騒がしく……意味もなく動き回っている者が多かった。美里や高見沢は具体的に龍麻にしてやれることがあったが、他の仲間達は―――京一も含めて、何ひとつ出来ることなどなく。殆どが強制的に帰され、残ることを無理矢理承諾させた京一も、手術室の前でただ待つだけだった。
 クラスメート達の言は、他人事ではない。京一もまた、あの瞬間まで龍麻がいくら殺しても死なないような人間外だと思い込んでいたのである。そんなことはない、と一応曲がりなりにもヤツは人間の範疇に入る筈だ、という心の声が皆無ではなかったものの、言い聞かせなければ忘れてしまいそうな程には、京一にとって龍麻は死にそうもない人間だった。
 普通、特別病気を患っているのでもない限り、そうそう死にそうだ、などと思ったりはしないだろうが、それとも違い。実際、京一は普通の人間なら死ぬであろう所業を、何度となく龍麻に対して行ってきているわけで。時には本気で殺してやろうかという気になり、全身全霊をかけて技を向けたこともある。だが、龍麻は死なないどころか、血を流しながらも笑って、京一の神経をさらに逆なでするようなことばかりしてきたのだから、『殺しても死なない』という認識が京一やクラスメートに植え付けられてしまったのも仕方がない。
 だが今回の件で、冗談のように非常識極まりない回復力と生命力を持つ龍麻も、一応は人間だったことが判明した。初めての事態に、『死ぬわけがない』と信じる心にも影がさす。本来なら即死してもおかしくない傷だったらしいのに、しぶとく今まで持ちこたえているのだから、今回も大丈夫だ。そう言い聞かせても、面会謝絶の札を見る度に、もしやという気持ちが沸き起こってくる。
 大丈夫だ、あのアホのことだから、きっと人を驚かせようとしてるだけだ。
 何度も言い聞かせるのだが、今までが今までだっただけに、不安も余計に大きくなってしまう。
 結果、らしくもなく、できる限りの時間を、この桜ケ丘で過ごすハメになっていた。
 自惚れではないが、皆の言っていた通り、龍麻のことだから自分がいたらいきなり起き上がってくるのではないか、という可能性も考えられたので。
 岩山の姿は、ほどなく見つかった。というか、見つけられた。おなじみの寒けのする笑みを浮かべて手招きをされた京一は、思わず数歩後ずさってしまったが、今は逃げてもいい状況ではないことを思いだし、なんとか踏みとどまる。
「よ、よォ……。ひーちゃんの具合、どーだ?」
「ひひひ……。心配かい? あの坊やも愛されてるねぇ……」
「ザケンナ、ババァッ」
 ガン、と即座に岩山の鉄拳が京一の頭を襲った。
「いてーッ」
 かなりな重量と堅さを持つ岩山の拳は、並の男の鉄拳よりも痛い。京一は殴られた頭を押さえて数歩逃げ、恨みがましく岩山を睨む。
「静かにおし。ここをどこだと思ってるんだい」
 殴られた箇所は痛く、先程の言葉にも言いたいことはあったが、確かに病院は騒いで良い場所ではない。京一は渋々と反論を諦め、その代わりに声を潜めて、最初の質問を繰り返した。
「……で、ひーちゃんはどうなんだよ」
 再度の問いに、今度は岩山も茶化すことはやめて、真剣な医師としての表情で答えてくる。
「集中治療室からは出た。ただ、怪我はともかく、それを治すために疲弊した本人の基本的な生命力が問題だね。これ以上の霊的治療の多用は逆に体に負担をかける―――。定期的に治癒は続けるが……後は本人次第だよ」
 集中治療室は出たという言葉に安堵しかけたが、続く言葉と岩山の表情の厳しさに、京一は再び落胆せざるを得ない。そうか、と短く呟いた京一の背中を、岩山が励ますように強く叩いた。
「そう落ち込むんじゃないよ。そんな暇があるなら、とっとと病室に行って、名前でも呼んでやりな」
「だからなんでそうなるんだッ」
 緋勇龍麻と蓬莱寺京一をくっつける会の手は、どうやらこんなところにまで伸びていたらしい。
 京一はまたムキになって喚いたが、相手が岩山ではどうにも分が悪く、結局は龍麻が寝かされている病室へと押し込まれてしまった。
 さすがに病室で騒ぐわけにもいかず、ドアが閉められたこともあって、京一は大仰にひとつ息をついてから、壁際に立て掛けてあったパイプ椅子を広げると、そこに座る。
 病院らしい簡素なベッドの上に、龍麻は寝かされていた。
 首から下は布団がかけられているので、あれほどの血を流していた傷がどうなったのかはわからない。常にわけのわからない単語やら言葉やらを吐き続け、五月蝿いこと極まりなかった口は微かな呼吸をするのみで、何も語りはしない。
 別人のように血の気のない龍麻の顔を見つめ、京一は眉をひそめた。
 動かない龍麻というのは、こんなに不気味なものだったのかと。
 いつもは、必要以上に動き回るというのに。いつもは、無駄極まりなく、五月蝿くまとわりつくというのに。京一がこれほど傍にいても、寝顔を見ていても、目を開けることさえない。
 それが、とてつもなく奇妙に思えた。
 どれほど五月蝿かろうと、鬱陶しかろうと、こんな状態の龍麻を見ているくらいならば、まだマシなような気もする。なにしろ、対処の仕方はわかっているので。こんな、死人のような龍麻は―――どうしていいのか、わからない。
 いつもみたいに、怒鳴ることも。叩くことも、殴ることも、蹴ることも、勿論斬ることもできない。動かないのだから、京一が怒るようなことはされないわけで。故にそんな必要はないのだけれども。
 それは、京一にとって喜ばしいことのはずだが、喜べなかった。 
 怒らなくていいのも、必殺技を放たなくていいのも、楽で喜ばしいことのはずなのに――――喜べない。つまらない。こんなのは嫌だった。こんな無くなり方は、どうしても許せなかった。
 どうせなら、完膚無きまでに叩きのめして負かして、もうしませんごめんなさい、許して下さい京一様。と言われる方がどれほど良いか知れない。
―――実際そうしてきて、そういうことを繰り返してきたのだが、そうした懲りない繰り返しこそが京一の日常であり、そしてその日常を―――自分が思いの外、楽しんでいたらしいことに、動くことなく生気すら感じさせない龍麻を見ていて気づいた。

 早く起きろ。
 京一は、龍麻に小さく呼びかける。
「おい、ひーちゃん」
 クラスメートや岩山に言われたからではなかったが、本当に、龍麻ならば起き上がってきそうな気がしたので。
「起きろって。真神一のイイオトコが、わざわざ見舞いにきてやってんだぜ?」
 血の気のない顔。動かない唇。開かない目。
 どれもこれも、龍麻らしからぬものだ。
「いつまでそうしてるつもりだよ。いい加減にしろよな」
 手を伸ばして、顔をつついてみる。
 知るよりも遥かに低い体温に、触れた指が震えた。
「お前いねーと、やっぱ、調子出ねーんだよ……」
 毎日、毎日。くだらないケンカばかりでも。寄ると触ると天地無双でも。
 それがなくては、つまらないのだ。
 最早それが日常になってしまったのだから、仕方がない。
 怒ってばかりでも、斬り殺しかけてばかりでも。
 なんだかんだ言って、それをどこかで京一は楽しんでいる節がかろうじて無きにしもあらずなのだから。
「なぁ、ひーちゃん。起きろって」
 だが、龍麻は起きない。動きもしない。何も言わない。
 京一が呼びかけても、つついても。
 くそぉ。と小さく呟いた京一は、しばらく考えた後、今度は偉そうに言い放ってみる。
「よっしゃ、今起きたら、特別に俺様がデートしてやる。これでどうだッ」
 自信満々だったのだが、やはり龍麻は起き上がらない。
 京一は腕を組んで、再び考え始める。
 デートがダメなら次はなんだろうか。いつもの龍麻ならば、デートしてやる、などと言おうものなら、それこそ空に舞い上がりそうなほど喜ぶこと確実なのだが。それこそ、肋の5~6本折れても絶対に起き上がるはずだ。
 かなりの時間をかけて悩みぬいた京一は、やがて意を決したように顔をあげると、指をつきつけて言った。
「あんまり図にのってんじゃねェぞ、ひーちゃん! これがギリギリ妥協点だからなッ!! 5秒以内に起きたら――――キスしてやる。だから今すぐ起きやがれッ」
 龍麻が聞いたら、耳を疑った揚げ句に壁に頭を自ら打ち付けかねない台詞である。
 照れながら意を決して……というよりも、むしろ宣戦布告といった風情で叫んだ京一だったが、やはり照れも多少混じっていたのであろうか。
「5・4・3・2・1・0ッ!!」
 5秒のカウントは、実質2秒もなかった。
 これではもし龍麻が単に寝ているだけだったとしても、間に合ったかどうか難しいところだ。幻聴ではないかと疑っている内に、2秒は無情にも過ぎていただろう。
 さておき、どちらにしろ、重傷でいまだ生死の境を微妙に漂っているはずの人間には、無理難題もいいところ。いくら非常識が信条の緋勇龍麻と言えど、さすがに死の淵から2秒弱で生還は難しい。
 だが、京一にとってはそんな事情など知ったこっちゃなかった。たとえ死にかけでも。なにしろ緋勇龍麻とは、蓬莱寺京一を手に入れるためならば、それこそマッハ3で飛びかねないような男であったので。変な方向にばかり信頼があるというのも、時に困りものである。
 カウントを終えてからも、龍麻が意識を戻す気配はなかった。指をつきつけた状態で、しばらく待ってみても、やはり龍麻は起き上がらない。
「…………」
 京一は突き付けていた指を下ろして、代わりに握り拳を作ると、憤然と立ち上がった。
「~~~~あーそーかよッ。そんッなに起きたくねーのか。ならもう、ぜってーテメェにゃ、何がなんでも『好きだ』なんて言ってやんねェからなッ!!」
 そして、そう捨て台詞を吐くと、病室を飛び出してしまう。無茶苦茶かつ理不尽な捨て台詞だ。もともと、そんな言葉を言う予定があったかどうかも怪しい上に、意識不明の人間にそんなことを言われてもいきなり起き上がれる筈もない。龍麻とて、できることならすぐさま起き上がりたかっただろう。


 実際、その頃、緋勇龍麻は―――――


「離せッ、離せ矢村ァアアアア!! 俺は帰るんだぁあああ!!」

 ―――暴れていたのだから。

「ど、どうしたんだ緋勇!? 一緒に戦ってくれるんじゃなかったのか!?」
「うるさいっ、お前らの世界を救ってる場合じゃないんだってば! 京一がっ、京一が~!!」
「緋勇くん、いきなりどうしたの!?」
「うわぁああ、ふざけんな焔羅~っ。京一とのデートとキスを返せ~~~~!!」
「京一? 誰のことだ、緋勇っ」
「一生に一度かもしれないチャンスが~! どうしてくれんだバカヤローッ。責任とれー!!」
 某、別世界にて。
 氏神となった緋勇龍麻は、暫くの間、意味不明のことを喚いて勧請師らを困らせた。
 その後、さっさと終わらせるために自棄になってやる気になるまで、かなりの時間を要したと言う―――。




畳む

#主京 #ラブチェイス

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