No.11

ジュヴナイル|魔人学園剣風帖

撃沈ラブチェイス
▽内容:京一のことが好きすぎてネジがとんでる系主人公のドタバタラブコメディの7作目。 
                                                           




 緋勇龍麻はピンチに陥っていた。それはもう彼的最大級のピンチである。思わず空を見上げて「助けて●ーマン!」と、マントをつけたどこぞのヒーローに助けを求めてしまいたい程に。
 ダラダラと冷や汗を流し、無意味に手を握ったり開いたりしながら、錆びついた機械か何かのようになってしまった口を動かそうと必死に試みるも、それは徒労に終わる。何事かを言いかけて、再び閉じられるだけだ。
 そんな壊れた緋勇龍麻の前に立っているのは、蓬莱寺京一。じっと龍麻の方を見ている表情には、次第に苛立ちが混じりはじめている。口はへの字に曲げられ、瞳もわずかに細められて睨む一歩手前。
 二人の間に漂うのは、奇妙に緊張した雰囲気。
 よく見れば、あわあわと何かを言おうとしてはその度に失敗してガクリと肩を落している龍麻の足下には横に一本の線が引かれている。龍麻は五十センチ程の線につま先をつけるようにして立っているのだった。そしてその線から遠ざかること二メートル半のところに、京一が立っている。
 京一曰く、【安全距離】。
 それを保ちながら、こうして静かに対峙すること、そろそろ三十分が経過しようとしていた。一体どういう訳で、いつもいつも追いかけたり追いかけられたりと騒がしいことこの上ない二人が、こんなことをしているのか。
 ことの起こりは、四十分程前―――
 今日も今日とて、緋勇龍麻は絶好調稼働中だった。毎朝の日課である蓬莱寺家へのお迎えに始まり、嫌がらせのような熱烈アピールを飽くことなく蓬莱寺京一へ繰り返すことほぼ一日。既に悟りの境地に達しつつある諦観の視線を宿した京一に、いい加減わかってくれよ俺の愛をいっちょ今日は放課後デートでも、と泣き落としにかかった龍麻へと掛けられた一言が発端である。
「お前のソレ、ほんとに本気なのかよ?」
 という、今更と言えば今更な、京一の一言が。
 むしろそれは嫌われたいのではと周りが疑いたくなる程、ひたすらに執拗に蓬莱寺京一へ愛を囁くというより毎度シャウトしている龍麻。「愛してる」はもはや挨拶。「大好きだ」は口癖のようですらある。そんな状態であれば、出てくる言葉の本気を疑いたくなるのも当然と言えば当然かもしれない。
 言われ慣れてしまった京一はそれらを聞き流し続けているが、龍麻曰く、それらは全て本気だという。あまり真実味はなかったが。行動が大分伴っているので、本気かもしれないと微かに可能性を残してはいるものの、その行動というのがまた、好かれたいと思っている人間の取るべき行動とは思えないものばかりなので、日々周囲の疑問は増える一方だ。
 彼の愛を心底から認め、理解しているのは恐らく……
「オレにはわかってるぜ、緋勇っ。お前のアリジゴクのような愛!」
 無意味に龍麻の味方をしている某クラスメート一名と。
「君の深く切ない愛に僕は心うたれた……。その限りない愛で、僕の分までジェミニを幸せにしてくれ……」
 常に思考は異次元回廊・壬生紅葉ぐらいのものだろう。
 そんな常人には理解しがたい龍麻の愛を、理解しようとし始めたのだろうか。単に機嫌がよろしかっただけなのかもしれないが、ともかくも珍しく泣き落としにかかった龍麻を邪険にすることもなく、至極全うに対応していた京一は、不思議そうに先ほどの台詞を口にしたのだった。
「無論、本気だ!」
 自信満々に緋勇龍麻。
 普段なら軽く木刀の一撃でのツッコミが入ってもいいところだが、
「まーな。ここまで人陥れといて冗談とか言ったら、殺すけどよ」
 京一はさらりとそう言っただけに留める。
 そして独りひやりとしている龍麻を無視して、腕を組んで首を傾げた。
「冗談とは言わねェが、いまいち本気に見えねェのも事実なんだよな」
 やることが大胆不敵で己の損を考えないだけに、さすがに冗談だとは思えないものの……コイツならばこれくらいの冗談を本気でやりかねない。という思いも消えないのが難儀なところである。そんな状態であるので、素直に本気と受け取るのはかなり苦しかった。よほど純粋な人間か、よほどひねくれた人間か、よほど間違った人間でない限り、難しいだろう。
「失敬な。俺はいつでも強気に本気。こんなにお前への愛を活火山のように燃やしてるって言うのに、つれないことを」
 木刀が襲いかかってこないことに安心したのか、龍麻の口が再びベラベラと回りだした。相変わらずな言葉は右から左へ聞き流し、一体何がいけないのかと京一は思案する。考えるまでもなく、それは言葉であり行動であり、元を正せば性格なのだが……。
「そうだッ。ひーちゃん、ちょっと真面目に言ってみろよ」
 今日の京一さんはよほど機嫌がよろしかったのか、いいことを思いついたとばかりに両手をポンと鳴らして言ったのだった。
「だから、俺はいつでも真面目だと言ってるだろう」
 京一の提案に、首を傾げるのは龍麻。あまりにも自信満々に続けた台詞に、京一は少しばかり気が遠くなる。
「お前の真面目はこの際置いといてだなァ……」
 普通の【真面目】と龍麻の【真面目】の違いをどう説明したものか。
 がっくりと肩を落としてしばらく思案していた京一は、やがてパッと顔をあげると、龍麻の腕を掴んで走りだした。
「よし、ちょっと来いッ」
「どうした京一。遂に俺に愛の告白をする気になったか?」
 これまた龍麻の発言はスッパリ無視して、そのまま京一は屋上へと駆け上がり―――龍麻を立たせ、足下に線を引いて自分は距離を置いた場所に立つ。
「その線から出ずに、変に動かねェで、真面目な顔して言ってみろよ。ひょっとしたら、ぐらっと来るかもしんねェぜ?」
 な? と笑って京一にそんなことを言われれば、龍麻が舞い上がらないわけがなく。途端に線を飛びだして京一に抱きつこうとする緋勇龍麻。それがいけないのだということを、どうにも理解できないらしい。反射神経だけで生きているような男である。
「……だから、線から出るなって」
「グハァッ!!」
 それを剣掌・旋で無理矢理留めて、京一は呆れたように溜め息をついた。
 一方、正面からまともに攻撃をくらった龍麻は、額から流れ出る血を拭いながら、ようやく京一に言われた言葉を一つ一つ思い返して確認する。
 足下に引かれた線を出ずに。―――それは京一に近付いたり抱きついたりせずにということだろう。
 変に動かないで。―――飛びついたり、己の愛を表現する芸術的なポーズを取るのも脚下ということだろう。
 真面目な顔をして。―――魂の炎を燃やしたり、海のように広く深い愛に陶酔してうっとりしながらもダメということだろうか。
 色々と考えた結果、龍麻が出せた結論はと言えば――――

『無理だっ!!』

 というものだった。

 京一を前にして何もせずに立った状態で、真面目な顔で愛を語る。―――普段、散々に愛だなんだと言っておきながら、何故かどうにもそれが龍麻には難しいらしい。単に普段している無駄な行動を一切省くだけと言ったらだけなのだが、龍麻の場合このイカレた言動もおおげさというよりも爆発的な行動も全て、京一を前にすると自然に出てきてしまうものなのだ。それらは龍麻からすれば、一つ一つに分解することなどできない必要な要素なのである。何もせずに真面目に愛を語る―――そんなものは、龍麻の行動プログラムには存在しなかった。
 しかし、もしそれが出来れば『ぐらっと来るかも』というのだから、やらない訳にはいかない。第一、京一の方からそんな言葉を聞こうとしてくれること自体が、限りなく奇跡に近いのだ。龍麻が選択できる未来は一つだけだろう。
 そして龍麻は、アイドリング中のバイクのような音をたてる心臓を宥めながら、動かず・騒がず・真面目な顔で言おうと、口を開いた――――。


 そうして三十分ほどが経ち……現在へと戻る。
 つまり、口を開いたはいいものの、結局は言葉を紡ぎだすことができず、冷や汗なのか脂汗なのか。ダラダラよとガマの油のように流しながら、ギクシャクと無駄な努力を続けているのだった。
 龍麻が壊れた機械のようになってから、そろそろ四十分が経とうとした頃。京一は盛大に溜め息をつく。そして目を半眼に細めると―――
「あと五秒」
 短く、非常な一言を言い放った。
「わーっ、ちょっと待ってくれっ。い、今言うから!」
 慌てる龍麻だが、五秒などあっという間である。何を言っていいのかすら、既にわからなくなっていた所に、このカウントダウン。なんでもいい、とにかく真面目な顔で変なことをせずに! それだけを考えてともかくももう一度口を開く。
 だが――――
「あい……ぢブワァッ!?」
 焦っていた上、言葉に迷っていたせいだろうか。龍麻は思いきり―――それこそ噛みきらん勢いでもって―――舌を、噛んでしまったようだった。
 口を押さえた状態でガクリと膝をつき、しばらく震えていたが……
「――――ッッ!!」
 やがて痛みが実感として沸いてくると、途端に声なき悲鳴を上げて、コンクリートの上でのたうち回り始める。
 一方、その様を見ていた京一はというと―――
 のたうち回る龍麻を余所に、木刀を肩へ担ぎ直すなりクルリと背を向けて、屋上を後にしていった。
「ぐぁ……ひ、ひょうひひ……は、はってふれ……」
 そうして、屋上に残されたのは――――
 芋虫のようにのたうつ、これでも黄龍の器な筈の、緋勇龍麻(一八歳)のみ―――――。


 この世の悲哀を噛みしめながら、痛みに耐えていた龍麻の元へ、回復薬を手にした京一が、呆れきった顔で戻ってきてくれるまで、まだこれから十五分ほど待たなければならない。
 それまで、今はただ―――痛みに耐えろ、緋勇龍麻。



畳む

#主京 #ラブチェイス

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