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二次創作小説置き場
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No.10
ジュヴナイル|魔人学園剣風帖
2025.12.9 No.10
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ついにこの日が来た。
京一は深い感慨をもって、通い慣れた校舎を見上げていた。様々な思い出が飛来しては脳裏を過ぎ去っていく。三年間という日々を過ごしたはずの学舎はしかし、比較的最近であるここ一年の記憶ばかりを思い起こさせた。
一年や二年生の時の記憶がないわけではない。だがそれまでの二年間に比べて、三年生の記憶は一際どころでなく異彩を放っている。それ以前の二年間を覆い隠して余り有るほどに。
まず、常識という言葉が通用しなくなった。野犬や鴉、酔っ払いが頻繁に襲い掛かってくるのはまだしも、蝙蝠やら果ては人形に鬼、幽霊等々、化け物オンパレードとの戦い。個性的という一言では表しきれない独特な仲間達との出逢い。そして銃刀法違反をまるっきり無視した日々。―――印象的で、当たり前だ。そして常識破りといえば、京一の常識を完膚無きまでに破壊しやがった人物もまた、三年生になってから訪れたのだった。
―――緋勇龍麻。
時期外れの転校生。怪異と共に訪れたかのような彼は、まさしく騒動の元である。一連の怪異にまつわる事件だけでなく、本人がどうしようもなくトラブルメーカーというか、自ら騒ぎを作り上げるような人物なのだった。
京一はそんな緋勇龍麻という人物を思い浮かべて、深々と溜息をつく。一連の事件のような非常識ならば、まだよかったのだが。緋勇龍麻個人から巻き起こった騒ぎという名の非常識は、京一に著しい被害を与えていった。常識どころか、下手すれば未来まで破壊されたと言っても過言ではない。同じ男同士だというのに、一方的に惚れられた挙句、それだけならまだしも全校生徒や果ては他校生まで巻き込んで組織を結成し、京一を追いつめていったのだから。一度は不覚にも流されかけた京一だが、それは色々あって気の迷いであり、なかったことにしている。
しかし、振り返ればこの一年。全力疾走してばかりだったように、京一は思う。だが何よりも腹立たしいのは、そうして思い起こした一年間の思い出というものが……殆どこの男に埋め尽くされていることだろう。どれほど違うことを思い返そうとしても、浮かんでくるのはひたすらに緋勇龍麻に追い掛け回されているか戦っているか、だ。戦う時は決まって緋勇龍麻も行動を共にするため、高校三年生の思い出は不本意極まりないことに緋勇龍麻一色といっても過言ではない。
(不毛だぜ……)
溜息も、格段に増えた気がする。高校一年と二年を合わせても、まだ三年生の時についた溜息の方が多いと言いきれるほどに。
だが、とにかくそれも今日までだ。
そう。今日は卒業式―――。
楽しかったような恐ろしかったような、そんな高校生活とも……いや、ハッキリ言おう。あの緋勇龍麻とも、今日でお別れである。もっとも、後者に関して言えば、決して最後というわけではないのだが。
そして今、京一は緋勇龍麻を待っている。散々逃げ回ってきた相手と、久々に真っ向から対峙しなければならない。かなりの勇気がいったが、こればかりは避けられないことなので仕方がなかった。自分の平和と自由を勝ち取るために。
三月だというのに桜は満開近く、散り始めている。こんな非常識極まりない事態も、この一年を思い出せば些細なことであった。
『非常識』
決して馴染みたくはなかったそれに、未だに嫌悪というか恐怖というかを覚えるそれに、既に慣れきってしまっていることを認めたくはなかったが、どうにもそれは事実でしかないようである。最初から最後まで、非常識にして不条理な一年だった。だがそれも、今日までだ。必死に自分を慰める京一。
だが、彼は気付くべきだったのだ。目の前に広がる、自由と常識に目を奪われる前に。非常識にして不条理の象徴のような男が、それこそ常識的に卒業式を迎えるはずなどないことを。
油断、というものがある。
普段気をつけていても、どこかで必ず気の緩む一瞬というのは、あるものだ。そして油断はえてして……時と場合を選べない。それを左右するのは、もはや運としかいいようがないだろう。
『運』
そう、京一は―――こうした運が、とことん。それはもう、いっそ笑い話になるほどに、なかった。
「お待たせ、京一」
大きな花束を持って、緋勇龍麻は待ち合わせていた校舎裏にある桜の木の下へとやってきた。見れば、学ランのボタンは第二ボタンを抜かして全てなくなっている。
京一からすれば、こんな変態が何故モテるのか不思議で不思議でならないのだが、世の中色々と釈然としないことは多いもので、緋勇龍麻は恐らくこの真神学園一モテる男だった。本当に不思議なことに。真神一の伊達男を名乗る京一としては、絶対に認められないことではあったが。
しかし実際、自分の学ランのボタンは全て健在である。後輩の女の子に欲しいと頼まれる自信がかなりあった京一にとって、これはなかなかショックだった。それもこれも全て、龍麻に起因するホモ疑惑のせいだ、と京一は思う。しかし、龍麻の学ランのボタンはのきなみ消えているのだ。腹が立つのは、自分よりも龍麻がモテるという不可思議な事実、その一点のみであって、決してボタンが殆どない事実に対してではない。そんなことにショックを受けているわけではない。などと不必要なことまで胸中で呟いていることには、幸い京一自身は気付いていないようだ。
「……随分、イイ格好じゃねェか」
自然、口調が拗ねる。なんでこんなヤツがモテるのだと、何度繰り返したかわからない文句をぶつぶつと呟いて。
顔は確かにいい。運動神経も申し分ないし、異形の者たちとの戦闘においても随一の強さを誇る。頭もそこまで悪くはないようだ。他はともかく、理数系では軒並み上位だったと記憶している。これだけあげれば、確かにモテても不思議ではない。だが、京一にしてみれば、それらを打ち消してあまりある欠点が、龍麻にはあった。
京一いわく。
【変態】
これにつきる。
「妬くなよ。ちゃんとお前のために第二ボタンは死守したんだから」
「妬いてねェッ!!」
即座にツッコミを入れる京一の木刀を慣れた仕草で器用に避け、するりと近付いてくると、龍麻は怒りの表情を宿した京一の頬を、何の緊張感もなくつついた。
「照れるな照れるな。俺には全てお前の心はお見通しだ」
「ど・こ・が・だ!」
京一は京一で、つついてきた指を手ごと引き剥がそうとするが、そこは相手も腐っても黄龍の器。拳を武器とする龍麻は腕力も並ではないため、互いに段々と本気の競り合いになってくる。
「ぐぬぬぬぬ」
「ぬぉおおおお」
ギリギリと、互いに手を組みあって、睨み合うようにしている構図は……とても歪んだフィルターを持つ人間になら、なんとか仲睦まじい光景に映ったかもしれない。かなり無理をすれば。つまりまぁ。卒業式だというのに、まったくもっていつも通りな二人であった。
どれほどそうしていただろうか。恐らく、数分と経っていないだろう。馬鹿らしいにも程がある戦いは、あっさりと終わりを告げた。単に、龍麻が飽きた、というだけの理由で。
「……飽きた」
唸っていたところから、反転、気の抜けるアッサリとした口調になって、突然籠めていた力が緩められる。全力で龍麻と押しあっていた京一は、とっさにそれに対応できず……自然、勢い余って前へとつんのめってしまった。
「おわわわわ……ッ!」
空中でジタバタとするが、さすがに剣聖の全力というのも並ではなく、そうそう打ち消せるものではない。そのまま盛大に転んでしまうか、というところで、狙ったかのように、龍麻が京一を抱き止めた。
……いや。確実に、狙ったのだろうが。
「そうかそうか。そんなに俺の第二ボタンが欲しかったのか、京一」
にんまりと笑って、胸に抱き締められるような形になった京一の背中をぽんぽん、と叩く龍麻に、京一は怒りのあまり言葉もない。
「~~~~~ッ」
不安定な態勢で抱き留められた状態では、反撃もままならない。腕は勢いのまま龍麻の背中へと不本意ながら回してしまっているので使えないのだ。仕方なく京一は、一度思いきりのけぞるようにして……
ゴン。
と、龍麻の顎に頭突きをくらわした。
「げぐっ」
奇妙な声をあげてあっさりと龍麻はよろめき、数歩後退すると顎を押さえてしゃがみこんでしまう。そちらへは同情など一ミリたりとて混ぜない冷ややかな視線を向けるに留め、京一は慎重に龍麻との距離をとった。へたな魔物や鬼を相手にするより、数倍タチが悪いことを、京一は身をもって知っている。
「そうじゃねェだろッ」
話の繋がりとしては、意味のない言葉だったという自覚はあった。
だが、ここで律義に龍麻に付きあっていては、終わる話も終らないどころか、始まりすらしない。構えないまでも、いつでもツッコミに繰りだせるよう木刀をしっかりと握り、大きく息を吸う。
ここが、勝負所だった。気力と自分をしっかりと保たなければならない。相手のわけのわからないノリに流されてはいけない。ずっと考え続けていた決意を、今こそ告げるのだ。
顎にくらった痛みが収まり、龍麻が復活しかけるタイミングを狙って、京一はゆっくりと口を開く。
「ひーちゃん。俺は来週―――中国へ発つ」
「せっかちなヤツだな。そんなに俺と二人っきりになりたいなら、そう言えばいつでもお前を連れて愛の逃避行をしたってのに」
つらつらと垂れ流される龍麻の戯れ言はこの際、キッパリスッパリ無視することにした。近寄って肩を抱こうとする行動だけは、きっちり木刀で阻止しつつ。
「来週、発つことを知っているのは、お前だけだ。他には誰にも話してない」
それは色々な面倒を避けるためで、実のところ京一にあまり他意はない。またもや龍麻が懲りずにつらつらとたわ言をほざく前に、京一は言葉を続けた。
「ひーちゃん、これから俺が言うことを、落ち着いて聞いてくれ」
多分……いや、恐らく、絶対に、無理だろうが。内心で呟きながらも一応釘を刺しておいてから、ひと呼吸をおいてまた口を開く。
言うべき言葉を、言うために。
「お前は、東京に、残れ」
その言葉は、少なからず龍麻に衝撃を与えるはずだった。……だが、京一の予想を裏切って、龍麻の表情に劇的な変化は見られない。
それに逆に不安を煽られ、弁解するように―――実際のところ、弁解どころか逆でしかなかったのだが―――慌てて言葉をつぎ足す。
「中国へは、俺一人で行く」
考えて見れば、中国行きに龍麻を誘ったことすら何かの間違いだったとしか思えないでいる京一だ。それは当然といえば当然のことであった。
どうかしていたのだ、あの時は。この奇妙奇天烈な男が、呑気も過ぎるほどの男が、うっかりと背負わされていた重い宿命は冗談としか思えず、笑い飛ばそうとすらしたものの、柄にもなく落ち込んでいる風の龍麻を見て、不意に不安になり、気がつけば言う筈のない言葉を言っていた。こんなことを言えば、この先絶対に自分が苦労することなど、目に見えていたのに。だが、確かにあの時、龍麻はこの言葉で元気を取り戻した。それこそ、必要以上に。やたらと嬉しそうにはしゃぐ龍麻を見れば、何故か悪い気もしなくなって、まぁいいかと思ってしまったのだ。
龍麻のことは、嫌いではない。一度はその罠にはまり、渋々ながらもある程度以上の好意があることを認めさえした。実際、好きか嫌いかと聞かれたなら好きとしか答えようはないだろうし、その非常識やら不条理やらに腹を立て愛想を尽かしつつも、つるむなら、相棒というなら龍麻しかいないとも思う。しかしそれはそれとして《龍麻と二人で中国》というと、どうにもこうにも、散々な状態しか予想しようがないのもまた事実だった。
龍麻といることは嫌いではないが、常に共にいられると非常に疲れる。しかも慣れない異国。自分のことは棚にあげつつ、こいつを連れてったら国際的恥だろうと思ってしまう京一であった。
だが、まがりなりにも自分から誘い、龍麻も了承した以上《約束》ともなったそれを破棄することには、少なからぬ罪悪感がある。気まずい沈黙の中、ただ龍麻の反応を待っていた京一だが、やはり予想していたようなハイテンションな反応はない。それどころか、無反応とすら言っていい。
「……ひー、ちゃん?」
不安になって、逸らしていた顔をあげて龍麻を見れば、そこにあるのはどこか小馬鹿にしたような表情だった。
「おい?」
シャクに触って険の有る声をかけると、龍麻は今度こそ本当に馬鹿にした笑い放つ。
「よくよく学習能力がない奴だな、お前は」
次いで現れたのは、見慣れた笑み。ニヤリ、としか形容できない、不気味にして不穏なそれ。京一は嫌な予感を覚えた。反射のようにその笑みを見れば嫌な予感がよぎり、そしてその予感は―――悲しいことに、一度として外れた例しがない。京一の背中を、冷や汗が伝う。
「な、なんだよそれはッ」
「まぁ、何も言わずにこれを読め」
そう言って龍麻が差し出してきたのは、一通の手紙。訝しげな表情を浮かべながらもそれを受け取った京一は、中に目を通して
「…………ッ!?」
完璧に、凍りついた。
『京一へ。
就職も進学もしないで、堂々と《住所不定・無職・放浪者》を名乗ろうという心意気、有る意味尊敬しますが、我が愚息は放っておくと、のたれ死にはしないまでも、世間様に迷惑をかけ、挙句は国際問題を起こしそうな不安も拭いされません。
よって、あなたの管理と監視を、龍麻くんにお願いしました。
聞けば、貴方が自分から誘ったということですし、よもや文句はないでしょう。
週一で連絡を寄越せとは言いませんが、三ヶ月に一度くらいは生存確認のために、なにがしかの連絡を入れてくれるように、お願いしておきましたから。
中国では、もう子供じゃないのだから拾い食いなどするんじゃありませんよ。サバイバルな生活をするのは構いませんが、決して天然記念物に手を出したりしないこと。もしパンダを食べたりしたら、親子の縁はキッパリスッパリ切らせてもらいますからね。賠償金は自分で払いなさい。
ハネムーンとはいえ、龍麻くんにあまり迷惑をかけないように。
そうそう。初孫は女の子がいいな。とお父さんとお母さんの意見が一致しましたので、頑張りなさい。
国の恥にだけはならないように、気をつけて行ってらっしゃい。
心優しい両親より』
もう既に、どこからどうツッコんでいいのやら、わからない京一だった。手紙を握り締めた手が震えているのは、親心に感動したわけでは決してない。
「―――というわけで、俺、お前の管理と監視任されてるから」
にっこりと、龍麻が微笑む。そしてその台詞も耳を素通りしている京一に、さらなる追い打ちがかけられようとしていた。
「まぁ、それでも一人で行くって言うのなら、行けば? 俺は全く構わないぞ」
ニコニコと、朗らかな笑顔で告げる龍麻はいつになく寛大なようでいて、逆に不気味以外のなにものでもない。
「お前が何処にいようと、俺から逃げられるわけないからな」
さらりと言われた言葉に、震えていた京一の手からポロリと手紙が落ちた。その表情は、愕然とはほど遠く……どちらかといえば、諦念にも似た表情である。
「……結局ついて来るんじゃねェか……」
「当たり前だ。言っただろう、地の果てまでも追っていく、ってな」
蘇るあの日の悪夢。それは龍麻に告白されて一週間程たった頃。逃げる京一にキレた龍麻が、遠慮なしの全力投球120%秘拳・鳳凰と共に堂々と宣戦布告をした時に、確かにそう言っていたことを思いだす。
言葉のアヤなら、別にいい。言うだけなら害はない。だがしかし。この緋勇龍麻という男は―――間違いなく世界の果てまで追ってくるだろう。思って、京一はげっそりとなる。
今日こそ。今日こそ、非常識と不条理とはおさらばするはずが。この傍迷惑男とおさらばするはずが。どうやらそれは失敗に終わったようだ。この様子では、家に帰るなりノシをつけて龍麻に引き渡されるに違いない。なんて親だ。と罵るものの、息子以上に気が合ってしまっている両親と龍麻の押しに勝てる気力も頭も京一にはなかった。既に両親は洗脳され、手紙の様子では嫁に出す気満々である。
国の恥は、俺よりむしろコイツだろう。
と、もはやどうでもいい問題に心の中でツッコミつつ、盛大に溜息を吐くしかない。
「どうだ? 覚悟は決まったか?」
龍麻のこの上なくご機嫌な声は、誰が何と言おうと望む『結果』に実力行使で持っていこうと決めた時か、まず間違いなく望む結果になるだろう、という時に聞かれるものだ。
「~~~~~~~~ッ」
京一は、低く唸りながら考える。
思惑通りに動くのも、罠にハメられるのも大嫌いだ。冗談じゃない。ご免被る。しかし、ここで感情の赴くままに龍麻をぶちのめして一人で中国へ行った場合をシミュレートしてみると、容易に浮かんでくるのは、おとなしく一緒に行った場合よりも遥かに頭の痛くなるような結果の数々だった。京一を追いかける時の龍麻は、恥も外聞も、常識すら通用せず、時には科学的法則すら超えてみせる。そしてそのツケを払わされるように不幸を被るのは、必ずと言っていいほど京一なのだ。京一の少ない脳みそでも、どちらが《まだマシ》かは、すぐにわかる。
「あ~、わかったよ、行くよ! 一緒に行きゃあいーんだろッ!!」
頭を抱えたい衝動を振りきるようにして、ヤケになった京一が叫んだ。
そして、また。
いつものパターンが始まった。
「言ったな」
ニヤリ。と、龍麻が再び悪魔の笑みを浮かべ、パチンと高らかに指を鳴らせば、いずこからかその背後に裏密とアンコが現れる。
「ふふ。やったわね、龍麻くん」
「おめでとう~ひーちゃん~。ミサちゃん~とぉっても嬉しい~。う~ふ~ふ~ふ~ふ~」
だが、今回はそれだけで終らなかった。
「よかったね、ひーちゃん!」
裏庭の木の上から小蒔が。
「これで東京も平和になるな……」
同じく醍醐が。
「龍麻……気をつけてね」
木の影から美里が。
「……やれやれ」
屋上から犬神が。
「きゃはっ。ダ~リン、京一君、おめでとう~♪」
校舎の影から舞子が。
さらには、どこからかぞろぞろと、全校生徒が。
「緋勇先輩、アタシ感動しました!」
「愛って素晴らしい!!」
「地の果てまでも追われてみたい……」
勘違い女生徒たちが花を降らせ、
「よかったな、緋勇。やっと報われるんだな……」
「蓬莱寺~、お前もやっと観念したか!」
男子生徒は力技で教会のハリボテをロープで引っ張り、立たせ始める。
「ご結婚、おめでとうございます!!」
果ては、京一に白いベールを被せにくるミス真神(美里引退後)。
「ハネムーン、楽しんでこいよ!」
龍麻には、タキシードが肩にかけられた。
「蓬莱寺、頑張れよ!」
そしてそっと初夜七つ道具を京一に手渡すクラスメート。
「………………」
色々と言いたいことはあったものの、やはりどこからどうツッコんでいいのやらわからず、ただあまりの人数とあまりな行動に呆然としていた京一が、手渡された紙袋の中を見て一瞬止まり……
「この世への別れは済んだみてェだな、鈴木……」
暗い表情のまま、タメなしで朧残月を繰りだした。
「ぐはぁ……ッ! 白い下着は永遠のロマンス……!」
倒れ際に懲りない一言呟いて果てたクラスメートの背中を、木刀で容赦なく叩きつつ、京一は龍麻の名を呼ぶ。
「……ひーちゃん」
「ん? どうした、京一。皆に祝福されて、言葉もないほど感動したか?」
そんなわけがないことを知っていて言っているのか、それともわかっていない本物のバカなのか。こういう時の龍麻は判断に非常に苦しむところだが、そんなことはもう、京一にはどうでもよかった。
「何考えてんだ、てめェ?」
口元だけで笑みを作ってはいるものの、京一の目は笑っていない上に、口元もどこかひきつっている。
「何って言われてもな。やはり二人の門出は皆に祝福された方がいいだろう」
「いつ誰が、誰と結婚してハネムーンだって?」
「俺とお前が、たった今」
ここまで堂々と言いきれるというものは、有る意味尊敬すべきなのかもしれない。だが、やはりそれも、今の京一には通用しない。
「……龍麻」
愛称ではなく、名を呼んだ時の京一は、本気だ。
「なんだ、京一?」
しかし、龍麻はご機嫌が過ぎて、不穏な気配に気付いていないらしい。ひょっとしたら、わざとなのかもしれないが。
「行きたいなら、一人で行ってこい?」
額に青筋を浮かべたままニッコリと笑ってみせ、クラスメートに向けたのとは比ではない氣を練り上げた京一が、木刀を構える。
「……もしもし、京一さん。なんだか非常にヤバゲな気配なんですが」
ようやく我に返った龍麻があとずさっても、既に時は遅い。全校生徒が巻き込まれるかも知れない。そんなことすら、今の京一は気にしていなかった。いや、むしろまとめて滅ぼす気満々である。
そして、木刀は振り下ろされ……
「三途の川の向こうへなァッ!!」
最大級の天地無双が、真神学園校舎裏で炸裂した。
数分後―――
廃虚と化した裏庭を、とぼとぼと歩く男の影があった。
男は、哀愁を漂わせつつも、悲壮な決意を胸に秘め、旅立とうとしていた。
「逃げてやる。ぜってェ、逃げてやる……ッ」
彼の決意が、希望が果たさるかどうかは―――多分、誰も知らない―――。
畳む
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